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2017-01-01(Sun)

話数単位で選ぶ2016年TVアニメ10選について。

 どうも。
 興奮覚めやまぬ内に…と言った感じですが、コミックマーケット91お疲れ様でした。また、3日目「雑感雑考出張所」にお越しいただいたみなさん、本当にありがとうございました。去年、一昨年以上にお話していただける方が増えて、また以前から関わりの合った方にもたくさん会えて…誇張でなく万感の想いです。本当に楽しかったです。ありがとうございました。
 ただまあ色々と反省しなきゃなあと思うところもあったり…漠然とした反省なんで反省のしようがないんですが。また面白いなあと思ったことがあったら新刊チャレンジします。そのときにはまたお越しいただければ嬉しいです。


 さて、2016年もついに大晦日。今年はお仕事がすごく大変だったんですが、何故かめちゃくちゃアニメ見てまして。働く前とおんなじくらい見ていたような。それくらい面白いアニメがたくさんありました。その中から話数単位で10話選びます。

 ルールは
 ・2016年放送のTVアニメ。
 ・1作品1話まで。
 ・順位は付けない。

 思いついた順で書いていきます。



1,『ばくおん!!』 第10話 「こうはい!!」 脚本:大久保智康  絵コンテ:石倉賢一  演出:岩田義彦 作画監督:服部益実、桝井一平、shin hyung sick、清水恵蔵

 この回は主人公たちの1学年下である中野千雨がバイク部に入部する話。千雨は姓が「中野」だし親父は元レーサー。黒髪ツインテールで普段はそんなに感情を表に出さないのに、自分のこだわりには反応する…もう中野梓なんですけど、単なるパクリキャラじゃなくて、千雨のこだわりという要素をブーストさせて「みっともない」キャラクターにしていることがすごく面白い。
 自分が勝手に思っているコンプレックスやプライドにこだわってしまったせいでみっともない状況に立たされるんだけど、周りもそこまでまともなヤツがいないからなんとなく乗り切れてしまう…でも千雨にはそのみっともない自分が残るっていう状況がすごくシュールというか、愛らしい。
 普通中野梓をパクったらこういう方向には行かないんじゃないのかなあって方向に転がる(本当に転がる)千雨というキャラクターの魅力が溢れた回。バイクの排気音で歌う(?)という、これもまたその方向はどうなんだろうなあというEDも含めて好き。



2,『灰と幻想のグリムガル』 第5話 「泣くのは弱いからじゃない。耐えられるのは強いからじゃない」 脚本:中村亮介  絵コンテ・演出:尾崎隆晴 作画監督:清水勝祐、松原栄介

 この回は脚本:中村亮介さんが光る回。中村さんは全話脚本書いてるんだけど、中村さんの今までの作品でのお仕事、そして『灰と幻想のグリムガル』という作品を見てもこの回の脚本に魅力が詰まってると思います。
 ハルヒロ達パーティはリーダーであるマナトを失い、不協和音が生まれ始める。生計を立てなければと焦るパーティ男性陣はメリイをマナトの代役として呼びゴブリン狩りに行くが、「ぐだぐだ」で終わってしまう。
 マナトを失ったこの先のことについて酒場で話す男性陣の掛け合いが見事。仲違いをしたわけではないから喧嘩はするし、会話もする。でもなんとなく居心地の悪さを感じて、キチンと話し合いができない。それでも軽口を叩ける程度の余裕はあって、ハルヒロとランタが「さくっと謝るんじゃねえよ、つまんねえだろ」なんて言い合ったりする。マナトを失ったことによる漠然としたディスコミュニケーション。『ねらわれた学園』で(テーマは恋愛であったが)すれ違いを描いた中村さんだからこそできる掛け合いだったと思います。何気ない言葉の端にキャラクターの内包する気持ちが見え隠れしてて、それは単にシリアスな要素だけではない。言葉の掛け合いの中に見えてくる小さな隙意がいろんな雰囲気を生み出している、そんな1話。



3,『この素晴らしい世界に祝福を!』 第4話 「この強敵に爆裂魔法を!」 脚本:上江洲誠  絵コンテ:亜嵐墨石 演出:ボブ白旗 作画監督:さのえり、大塚八愛、加藤万由子、伊藤智子、南伸一郎、是本晶、伊藤幸

 『このすば』は強引に話をデカくしようとするんだけど結局そんなことなかった、みたいな平和な物語で、すごく好き。この回もアバンでカズマが「クリエイトウォーター」って言ってドンとポーズを取るんだけど、水がちょろっと出るだけーとか、魔王を倒せとカズマに言うくせに内職に励むアクアとか、大したことしてない。
 この回の本筋である暗黒騎士を怒らせてしまって呪いを掛けられてしまった!って部分も結局アクアがすぐ直しちゃう。そんな皆ワーワー騒ぐ割には小さくまとまってしまう、『このすば』のなんてことない毎日感がすごく優しくて楽しい。この回は特にそれが綺麗にまとまってる。みんな本気で慌てたり驚いたりするんだけど、最後は結局大丈夫だったね、で終わる。EDののんびりとした空気が尚更その優しい感じを強調していて好き。
 もう一つ見どころとしてはめぐみんの爆裂魔法。小澤さんの爆発エフェクトがすごい上手。吉成さんっぽくしたり金田さんっぽくしたり…キャラ作画含めて振れ幅が大きいのも『このすば』の魅力。



4,『Re:ゼロから始める異世界生活』 第18話 「ゼロから」 脚本:中村 能子  絵コンテ:永山延好 演出:古賀一臣 作画監督:渡邉八惠子、豆塚あす香、浅利歩惟
 
 スバルはエミリアを救うために何度も間違えて、何度も躓いて、何度も失敗する。レムを始めとして協力者は居たが、それもスバル自身が翻意にしてしまった。疲れ果てたスバルはレムに一緒に逃げようと提案する。
 この回の凄いところは、スバルの口から今まで間違えてきたこと、失敗したこと、スバル自身が自分の嫌な部分、すべてをさらけ出すのだけど、レムにあるスバルへの信頼でそれを肯定したこと。「私(レム)が信じたお前(スバル)を信じろ」とでも言わんばかりの純真な告白…というよりも説得に近い。言葉の選び方と画面構成も上手ですよね。スバルが自身の失敗を話す際に、凍えて死んでしまった時のバンクが入るんですけど、その後にレムからポジティブな意味で「溶かす」という言葉を使ってたりする。
 今まで暗く沈んだ画面であったのに、この回で一気にシンプルな画面に転換したこともお見事。スバルに深く突き刺さった絶望とレムの純粋な信頼のせめぎ合いを、群青の青と散らばる雲、時折影が差す描写が、そのせめぎ合いをストレートに演出していました。
 これもまた『アイドルマスターシンデレラガールズ』23話とおんなじことを言ってしまってアレなんですが、スバルは自分のやってきたことに自信なんか無くて、どこかで自分を疑っていて、最終的に失敗を積み重ねて自分のことが大嫌いになってしまった。そんなあまりにも悲しい経験をしてもなお、レムの信頼を契機にまた立ち上がろうとするっていうのがね…もう…だめだ…。



5,『ハイキュー!! 烏野高校 VS 白鳥沢学園高校』 第4話 「月の輪」 脚本:岸本卓  絵コンテ・演出:佐藤雅子 作画監督:鈴木明日香、米川麻衣、折井一雅

 今まで「繋ぐ」ことをいろんな手法でいろんな視点から見せてきた『ハイキュー!!』がボールを「断つ」ことを見せた回。
 月島が牛若のスパイクを断つために虎視眈々とその時を待っていた。何本かに一本決まればいいと高を括ってブロックを狙っているが、それは百点のうちの一点。たったその一点…でもその一点に込められた大きな快感が月島の左拳を振り下ろした姿に集約されていて、心が震えました。
 「根性無しの戦い」とか「バレー馬鹿たち」とかも良かったですけどねハイキューは…サブタイが良いの多いですよね。



あ…年を越してしまった。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。…続けます。


 

6,『田中くんはいつもけだるげ』 第2話 「弟子入り志願」 脚本:面出明美  絵コンテ:二瓶勇一 演出:福多潤 作画監督:竹森由加、山本亮友
 
 宮野が可愛い回。カメラの位置が全体的に高く(というか宮野が小さい)、主観視点で宮野を見るカットが多い。ちっちゃい女の子が目の前で手やら足やら広げて縮めて、ワーワーやってるのを堪能できます。
 デフォルメや漫符の使い方も上手い。目を丸くするだけの場合もあれば3頭身くらいになるときもあるし、耳が生える時もある。カットを割ってデフォルメになるわけではなく、普通の頭身の宮野の脇にデフォルメの宮野が出てきたりする。かなり自由度が高いキャラクターです。
 てか、飯塚晴子さんがデザインするキャラクターのブレザー女子のふかふか感ってなんなんでしょうね。脇から腰にかけての実線がヒントな気がするんですが…。あと下腹部辺りまでブレザーがあって、ダブついてるのも効果あり…?

 そしてなにより、この宮野というキャラクターを引き立てているのがCV:高森奈津美さん。なんというか、声のエフェクトとでも言えば良いのか。語尾のトーンや声の抑揚で驚きや叫びにタメツメが効いてる…。CMカットのイチゴミルクを飲んだ後の「ぷはぁー!」とか「宮野ですーー!」って喋る高森奈津美さんを聞いて欲しい。声にエフェクトが着いてるんですよ…!



7,『Vivid Strike !』 第4話 「リンネ・ベルリネッタ」  絵コンテ:西村純二 演出:吉田俊司 作画監督:平田賢一、飯島友里恵
柴田志朗


 この1話の良いところは、誰かのせいでというわけでなく、リンネが自身の甘さによっておじいちゃんの最期に間に合わなかったのだと解釈したことですね。自分はイジメであるとか、悪意による動機づけって正直苦手なんですが、リンネは本話を期に、自身に戒めを埋め込んだ。正しいかは置いておいて、リンネが強くなりたいと思った原点だとするならばそれは決して後ろ向きな動機づけにはならないと思うんですよね。そして印象付けとして、おじいちゃんのいないベッドをFIXで見せた後、ドン!とおじいちゃんが眠る画をハーモニー(ではないですね。っぽい処理?)で見せる。この画面だけでリンネがイジメを機に…ではなく、おじいちゃんの最期に間に合わなかったことを機に…と純粋に捉えられると思うんです。
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 また、サブタイが「ベルリネッタ」という姓を含めているのも、当然だと言われればそれまでですが、この1話を見た後だと重みを感じます。「ベルリネッタ」であることの誇りがリンネにあったからこそ、この1話があると思うので。



8,『ステラのまほう』 第5話 「カウントダウン」 脚本:志茂文彦  絵コンテ:こでらかつゆき 演出:山口頼房 作画監督:原田峰文、大谷道子、崎口さおり、薮田裕希

 ゲーム「ステラのまほう」の制作も佳境だが、歌夜からの音源が届かない。椎名とあやめは諦めの言葉を口にする。
 『ステラのまほう』はたまに見せる淡白な反応がすごく好きで。この話でもさっきまで一生懸命ゲーム作ってるかと思ったら「歌夜はもう寝ちゃったのかも」なんて言ったりする。SNS部が「楽しくゲームを作る」ということを目標にしているわけだけども、その「楽しく」の基準なんて曖昧で、キャラクターが楽しくないと思った瞬間、もしくはゲーム作りよりも大事なことがあった時にそれぞれの気持ちの隅が覗く。そこを逃げずに描写しているのがとても良いと思うのです。
 諦めの言葉を口にしてからBGMが無くなり、画面が急に固くなるのも好きです。音源が届いた後の賑やかな感じも。
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 キャラクターにとって、今を過ごしている時間が大事だと思っているわけではない…なんて表現、女の子が集まってるアニメで見ようと思ってもそんな見れんじゃないですか。たまにシームレスで現れる、淡白な様子の描写がすごく興味深かったです。



9,『舟を編む』 第2話 「逢着」 脚本:黒柳トシマサ  絵コンテ・演出:長屋誠志郎 作画監督:新田靖成、島沢ノリコ、佐古宗一郎

  芝居作画の多様性に触れた1話。早雲荘に帰ってきた時のおばあちゃん。馬締の表情だけじゃなくて、体の縮こまる様子をみて「元気がない」と言う。その後二人で食事をとるところ、辞書編集部の話をする馬締は下を向いて入るが視線は固定されているのに、営業部の話をしだすと途端に目が泳ぐ。キャラクターの心象とリンクしている目線の移動で、とてもおもしろいです。おばあちゃんに諭された後もうつむく画が入りますが、落ち込んでうつむくというよりもホッとした表情に見えます。これはどう違うか明確に言葉に出来ないので、印象で書いちゃってるかもですが…。
 特に序盤の馬締は自らの行動に不安を感じているような素振り(肩を落としたり、目線をそらしたり)が多く、馬締の頼りなさが伝わってきます。逆におばあちゃんは振る舞いに余裕があるように感じます。話しているときも肩から上で大きくリアクションを取っているからでしょうか。細かい表情の変化についてはどなたが指示してるんでしょうね。



10,『響け!ユーフォニアム』 第10話 「ほうかごオブリガード」 脚本:花田十輝  絵コンテ・演出:山村卓也 作画監督:池田和美

  あすかが自身の本当の気持ちを飲み込んで、吹奏楽部から去ろうとする。そんなあすかへ久美子は「あすかと一緒に演奏したい。大人ぶるのをやめろ」という。
  このシーン、久美子はこの言葉を最初からキッチリ伝えることはできていないんですよね…久美子はすぐに本音を真っ直ぐ言える女の子じゃないんだっていう…ガラッと変わってしまったわけではなくて、久美子はただの高校生のままなんだよってことがとても良く伝わる訴えかけ。伝わりすぎて久美子がとても、とても愛おしく思える。手振りを精一杯つけて、すごく一生懸命に見える。
 傷だらけでもきれいな鍋に磨き上げたお姉ちゃんを見て、どんなに過去に傷ついたことがあっても自分のやりたいことに実直であるべきだと信じる久美子が、とても良い。

 久美子があすかへ「自分だけが特別だと思い込んで」と言うセリフが好きです。あすかと一緒に演奏したいという、この場では「あすかだけに向けた」特別な気持ちを伝えるのに、あえてこの言葉を選んでる気がして。
 ラストカットには久美子のユーフォニアムの前にあすかのユーフォニアム。横並びではないけれど、久美子の隣にはまたあすかが座っている。あすか先輩だって、ただの高校生なんだ。
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 以上。
 ユーフォのところ書いてたらぼろぼろ泣いてしまった。10選書くの疲れる。
 そして書いている途中で年を越してしまった。改めてあけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 いやーほんとに2016年のアニメは面白かった。他の候補としては『NEW GAME』8話とか『紅殻のパンドラ』3話とか『relife』5話とか『DAYS』12話とか『無彩限のファントムワールド』3話とか。『プリパラ』入れられなかったのも残念ですね。こんこん金剛力士像の回かウサチャが自ら食べられる準備をする回のどっちか入れたかったです。

 楽しくアニメが見られればそれでいい。MADは…ちょっと待って下さい。
 

 今年も素敵なアニメに出会えますように。
 




 
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2016-12-29(Thu)

冬コミについて。

 どうも。
 年の瀬ですね。冬コミですね。今年は新刊引っさげて参加しますよ。
 今回は「中村亮介さんについて。」です。
 中村さん監督作品と、演出で参加されているOP・ED作品を中心に、中村さんの演出面から雑考してます。中村さんのブログもそうだし、中村さん作品のムック本でも割と踏み込んだ話をしていることが多いので、いろいろと引用して内容濃くなってます。中村さんや中村さん関連作品を追っかける際にも、ムック本の良し悪しの判断材料にできるかと思うので、是非是非いらっしゃって御覧ください。
…てかこのブログ見てる人なんてごく少数なんだから皆来てよね!


 3日目・東V52b「雑感雑考出張所」です。1冊100円です。既刊も持ってきます。お目当て回った後に遊びに来てください。
 よろしくお願いいたします。







 以下自慢。

9月、伊豆スカイラインに行ってきました。
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天気そこそこ良かったけどあんまり車なかったなあ。
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多分沼津。夕日が雲間から差し込んでとてもきれいでした。ヘタクソだから綺麗さが伝わらないね。
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暖かい日だったから半袖で行ったんですけど、スカイラインは山の上なので寒かったです。当たり前です。
9月は他にもビーナスラインに行こうとして何故か松本で降りてしまい、日が暮れたので254で帰るという微妙に貴重な経験をしました。

11月、東名を適当に西進。
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マツダっぽい空。最近疲れてるからか知らんけど空を撮ることが多い。
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由比PA。夜景の露光は奥深いです。なんかもっと上手に取れそうな気がするもんね。

12月、コミケ前に有明をふらつく。
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 三脚忘れて上手く撮れず。ロードスターとスターという構図、もっとビシっとキメたいですね。ビシっと。
 有明は夜遅くても灯りが多いし、のんびり夜景が取れますね。湾岸エリアは首都高を上からも下からも撮れるから大好きです。よくボーっとしに行きます。
 あー…やっぱロードスター可愛いですね…。


 以上。コミックマーケット、楽しみましょう。



2016-11-14(Mon)

浅香守生さんのOP演出について

 どうも。

 冬コミ受かりました。3日目・東V52b「雑感雑考出張所」です。
 今回は『中村亮介さんについて。』で新刊出したい…出します。中村さん演出作品・話数からピックアップして中村さん演出の魅力を伝える一冊をだそうかなーと考えてます。あとは中村さん自身が色んな所で自身の演出のルーツだったり、考えを表に出しているので、そこからなんかいろいろ拡げたりとかできるかな、とか。斉藤さんの時以上に愛ある一冊にしたいですな。
 原田さんのやつは憶測に憶測がどんどん積まれていってなんかぼんやりした感じになりそうだったので、ちょっと一回ポシャります…。もうちょっとちゃんと調べてからにします…。
 てか大晦日サークル参加初めてだ。楽しみです。面白い本になるかはわかりませんが、お目当て回った後にでも是非是非寄ってください。よろしくお願いいたします。


 だからというわけでは無いんだけど、今回はちょっと浅香守生さんのOP演出について。
 
 以前中村さんがあいうらイベントで「浅香さんは物を使っての演出が上手い」なんて話をしてた気がするけど、OPでもその作品内の物や要素を映像内に持ってくるのが上手だなあと思うことが多々ある。
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「カードキャプターさくら」OP3では、さくらの杖にもある星型の物が乱反射の鏡となってさくらを様々な方向から映し出す。下で触れるフレームを作るっていう部分にも関連してくるかな。
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「ちはやふる2」OPでは小さい頃のちはやが歌詞とシンクロして自分の想い(紅葉)を大切に握る。
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「俺物語!!」OPでは二人が仲良くなるきっかけとなったスイーツや果物が出て来る。苺に乗るってアイデア面白いですよね。フラフラと足を動かす大和がポップでキッチュ(死語)
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「俺物語!!」OPから。ゴリラに例えられがちな猛男がキングコングになるっていう。
「俺物語!!」OPは他にも足跡を使った二人の距離感が歌詞とシンクロしている。


 浅香さんはインタビューでこんなこと言ってます。

>あと当然ですけど、音楽に乗ったところの気持ち良さは最低限がなければいけないと思うんです。最近やった「ダイヤのA」だと、テンションを一気に上げて、見てる人の血圧が30ぐらい一気に上がるぐらいの感覚です。オープンニングを観終わった時に作品を見る状態ができていて、本編に入っていくというのがもくろみです。

アニメ業界の詩人 浅香守生監督インタビューより

 これはDNAのOP(浅香さん初OP演出)やったときの話をしているときの文脈だけど、「オープンニングを観終わった時に作品を見る状態ができていて、本編に入っていく」という部分で工夫されている要素が多いなあと思う。
 例えば文字演出。浅香さんは作品タイトルをそのまま演出の一部に組み込むことが多い。
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「俺物語!!」OP。イメージBGのど真ん中に俺物語の俺の文字(この後のカットで「物」「語」も)。TVシリーズにおいてこれからこのタイトルのアニメをやりますよってのは必要だと感じる。このタイトルの作品をこれから見せますよ、という導入といった印象を受ける。
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『ダイヤのA』OP。キャラの手前にタイトルを出す。後ろではきっちりと野球作画が描かれている情報量が多いカット。こういう場合の手前に来る文字って絵コンテでどう指示出してるんだろう。BOOKとは意味合い違うだろうし。
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『ノーゲーム・ノーライフ』OP。タイトル文字がフレームとなって存在している。浅香さんはキャラクターの関係性や心象表現でフレームを使うことが多い気がする。
テキトウに並べたけど、蛍光色が目立つなあ。

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文字演出という点で、『ちはやふる2』OP。文字や文章(というよりも短歌)が話の根幹でもあるこの作品では、登場キャラクターのまわりに百人一首が存在しているようにOPで演出されている。

 上で少し触れたフレーム演出という点も浅香さんの特徴。
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これも『ちはやふる2』OP。独立した3つのフレームがちはやによって一つになる。バラバラだった存在をカルタが結びつけた、という点でカルタがフレームとして機能しているというアイデアも面白い。

んでなにより浅香さんのフレームといえば空。
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『DNA』OP。上のインタビューではりんたろうさんが添削して~ってな話があるけれど、このサビの部分の青空とフレームは浅香さんのアイデアなんじゃないかなあなんて。これも歌詞とシンクロした画面になってて、青空の中に小さなフレームができて、そこはかとなく狭小な世界を感じさせる。この空の青色が良いんですよねえ。普通こんなド直球に群青にしないと思うんですけど、別な世界の空って感じがして、とても好き。ぶっちゃけ今回これが言えれば満足。
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『ローゼンメイデン』OP。引きこもりの主人公が見る部屋からの狭い空…というよりもそれに対する部屋の黒が際立っているような画面。


 空に関連して。

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『カードキャプターさくら』OP1。この漫画チックな雲と群青(…とは違うか?)な空の色がとても好き。「会いたいけど言えない切ないこの気持ち」なさくらの空の色と雲。切ないながらシンプルな感情にシンプルな空。
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『カードキャプターさくら』OP3。画面下は少し薄い色の空。でも雲も無くシンプル。なにかを望む、求めるような歌詞の時に空のカットが多い気がする。


 上で触れたもののほとんどにアイデアとアイデアのリンクが見られてて、「本編に入っていく」自然な流れを生み出しているように感じる。「物」が「フレーム」を作り、「フレーム」は「空」に演出を加える…みたいな。書いていて思ったけど、自分が浅香さんのOPで一番好きな要素は「色」なんだろうな。独特なんだけどアイデアのリンクの中に色が存在するから、作品またはOPの中に溶け込んでいて、それでいて別の作品やOPでは味わえない画面を見ることが出来る。そんな画作りが良いなあって思ったのかもしれない。


 最後に
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 『カードキャプターさくら』OP3、めちゃくちゃ大好きです。タイトル出るところのシンプルなシルエットとピン送り、サビ前の音楽とのシンクロ、最高です。涙が出そうになるくらい。



2016-09-18(Sun)

『聲の形』について。

 どうも。頻繁に更新しすぎて特に冒頭で書くことがない(そんな頻繁でもない)。
 『聲の形』を見ました。とても良かったので感想です。ネタバレありです…つかこの作品のネタバレってなんだろな。

 自分は自己否定の結果、自分を肯定できるようになる作品がすごく好きなんだけど、聲の形はそうではなくて、自分のことは好きになれないけど、自分のことが好きじゃない者同士が寄り添って歩いていけば、自分のことが嫌いなだけの世界ではなくなっていくのかもしれない…みたいな作品で、その終わり方がすごく愛おしい。
 一度自分が嫌いなことが頂点に達して死を望んでも、嫌いな自分を好きで居てくれる人も居る。それに気づいて将也も硝子も死を望むことはなくなった。でも自分が嫌いな自分は残るし、自分の嫌いな誰かもいる(劇中では硝子と直花の関係)。それをすぐに改めることなんかできないし、相手が自分の仕草や発言を好きになるわけでもない。でも『聲の形』のメンツは将也に嫌いな自分を言い当てられて、嫌いな自分として他のメンツと対峙しなければいけなくなった。だからこそ各キャラクターが別のキャラクターに踏み込んでいけるし、直接的にバカって言えるようになった。この状況は決して自己否定からの脱却じゃなくて、嫌いな自分を内包した状態で寄り添っていける関係が生まれたってことなんだろうな。この先も嫌いな自分に絶望してしまうかもしれない。だから「生きるのを手伝って欲しい」と将也は願ったのかな。
 その寄り添える関係は将也が生み出した「小学生時代の同級生との再会」という波紋と「将也から発せられた嫌いな自分を見透かす言葉(声って言うべき?)」という波紋が広がって混ざり合って出来たものであって、波紋は人の輪となって広がっていく。自己否定を克服するのではなく、嫌な自分ひっくるめて伝播させていく。そうすることで将也は自分への「☓」も、他人の表情に対する「☓」も自然と剥がしたのかも。きっと将也が(直花に「☓」を付け直したように)また他人の表情に「☓」をつけることがあっても、硝子と一緒に「☓」を剥がしていくに違いない。
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 …というカラッとした感想にならないのは、終盤で永束くんの表情を再び見ることができるようになったあと、主観視点で視線を落とす将也のカットを入れたからなんです。波紋が広がるように、少しずつ、嫌いな自分に向き合いながら話す仲間の輪を見て、「☓」が取れていく。一筋縄では剥がれない「☓」が嫌いな自分とのつきあい方と被る。だからこそ各々の嫌いな自分とのつきあい方やそれと向きあおうとする姿勢に感動した。


 その他ぐっと来たとこについて。
 将也の自信のない感じはもう見れば見るほど魅力的だった。猫背…というよりも前を見ることが出来なくて、「下を向いていたほうが楽」な立ち方。硝子との身長差もある分強調されていて、頼りなさが上手にデザインされていました。硝子と初めて二人で電車に乗った時、硝子に目を見られてとっさに目をそらし腕を組む仕草であるとか、困ったときや慌てた時に手を動かす仕草…オーバーなりアクションでブラーとか使っても良いんだろうけど、すごく狭い範囲でちょこまか動くんですよね。その芝居が実直に表現をしようとしていて良かった。
 逆にギャグの表情もまた良かった。永束は特に四角目ギャグ顔多用してましたけど、その四角い目のまま目線や線の太さが変わるのがめちゃめちゃ面白かったです。取り繕い、黄昏、指摘…とかなんかいろいろな意味を含んでやってましたね。すごい。
 初めて将也と対面した硝子の表情がすごく良かった。困った顔から少し眉を吊らせて頬をちょっと膨らませる顔…からの再会を喜ぼうとする崩した顔に移る…かと思ったら顔を背け逃走。どんな顔してあったら良いかわからなかったんだ…ってのを表情だけでわからせるって相当すごいと思うんだけど、うまく言葉に出来ない。あそこで将也に「どんな顔して会えばいいかわからなかったのかなー」的な一言挟んでも良いのかもしれんけど、人の表情から目をそらしてきた将也はそれ言えんよなあ…と思ったり。
 将也が硝子の「すき」を「つき」と聞き間違えたのって原作からあるのかな。月が綺麗ですね的なミーニング入ってる感じが山田尚子さんっぽいとか思った。
 将也が学園祭で下を向いてしまって、硝子が下を向いたままで良いっていうところ、劇中で一番良いなあと思った。自己否定の容認っぽくて、それがなんだか悲しさを感じるけど、それを包んでくれる優しさはあるという。硝子らしい返事。全然関係ないけどここで「上を向いて歩こう」が脳内でかかった。
 
 
 ここからはマイナスな感想。
 細かいことだけど観覧車に乗った硝子の手の芝居は記号的だった気がする。カメラ越しに硝子の手の内側を映しているカットで、肩から震えるような形で直花からの言葉で手がカタカタ震えてる。それが単純な上下にカタカタと震わせるだけってのはもったいないなあと。手を内側から見据えるカットなんて通常じゃありえない分、直花からの言葉に合わせて表現をして欲しかったなあ、なんて。
 あとは将也が病院へ運ばれた後意識を取り戻して硝子の元へ向かうところのBGMいらないなあって思った。二人の再会を盛り上げる意図かもしれないけど、あそこの二人は自分自身や周りの人の感情でグチャグチャになって、心も体もボロボロになってしまっていて、その二人がボロボロのまま会うってのに盛り上げてどうするんだと思ってしまったのです。あんまりメソメソしたものにしたくなかったのかな。「生きるのを手伝って欲しい」ってすごく情けない言葉じゃないですか。でも自己否定の先を見てきた二人だからこそ変な意味にならなくて心の底から思った言葉だと感じるんですけど、そこに盛り上がりよりも真っ裸の二人を見せて欲しかったなあ…と。


 以上。いつも以上にふわっとした感想で笑う。感想書きたかったんだからしょうがない。劇場に行く人少なくなったらまた見に行きたい。
 以下余談。





 もうほんと余談なんですけど、車買いました。消費でストレスを発散した行く末がこうです。も、もうおっきい買い物はしないぞ…。
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ロードスターです。可愛いです。
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広角で歪ませると最高に可愛くなる。
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青空が映える。

以上です。ただ自慢したかっただけです。写真は勉強中です。大目に見てください。
最近はふらふらしてるのでウヒッっていう写真が取れたら上げていきます。


2016-08-30(Tue)

『君の名は。』について。

 『君の名は。』見てきました。もう、なんか良いな!って思ったので忘れないうちに感想を書いておこうと思います。忘れたくなかった感想…忘れちゃダメな感想…!
 ネタバレ有りです。読みにくいです。2回目見たので少し加筆。


 新海さんの作品は出会いを重要視していると思ってるんですけど、『君の名は。』は単純に瀧と三葉の出会い、というわけでなく、瀧と三葉を取り巻くキャラクター、果ては祖先までが瀧と三葉の運命を紡ぐ作品になっていました。『言の葉の庭』の次作という視点で言うなれば、孤独からの脱却であった『言の葉の庭』から、連帯する人の存在を生み出した『君の名は。』…となるのかなと。それを象徴するのが三葉の祖母・一葉の「よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って途切れ、またつながり。それが組紐。それが時間。それがムスビ」というセリフ。人との関わりが物語を作り上げ世界を作り上げる。今までの新海さんの作品と比べると、モノローグがかなり少ない理由も人との関わり(ムスビ)にスポットを当てているから、と。
 ただその分、BGやBGオンリーのカットのインパクトは薄れたような気もします。黄昏時がフィーチャーされていますが、キャラクターを中心としているようなBGの使われ方が多い。露骨に前に出ない分、キャラクターの生きる世界としてはすごく溶け込んでいたとは思うんですけどね。

 「よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って途切れ、またつながり。」これを現すかのような、キャラクター等を対照的に配置した画面作りがとても面白かったです。
 序盤の瀧と三葉は特に、進行方向に気を使っている気がしました。三葉は左へ、瀧は右へ。この時はまだ交わらない(物語的にはもう因果が発生してはいるんだけど)からこそなのかもしれないけども、同じ画面にいながらも二人がすれ違わない、そんな画面づくりでした。二人の向きとして一番グッと来たのは、二人が彗星を見上げる時。あおり気味で後ろを回りこむ画面なんですけど、右から左へ二人の表情を捉える画面は、まさしく2つの世界がシンクロした瞬間のようで、画面の美しさと共に涙が出そうになりました。遠くにいながらも同じ時間同じ空を見上げている。その瞬間は確かに瀧と三葉は気持ちを共有していて(瀧にとっては知らない少女である三葉だけれども)二人は同じ方向を見上げている。鳥肌が立ちました。

 月も特徴的な使われ方をされていました。月が明確にセリフとしてでてくるのは、月と地球の距離よりも彗星と地球が接近するというニュース番組での言葉。月・彗星・地球という関係性に限って見ては、月は瀧から見る糸守、三葉から見る東京を指します。その間を流れる彗星はまるで二人の間を決定的に割くように流れる。まあ単純に二人を割くために彗星は存在していないんですけど、月と彗星と地球がピックアップされるときはそんな立ち位置だったと思います。
 二人が相手の世界に行くことが出来ない瞬間には月が遠い場所、立ち入れない場所として出てきます。入れ替わりがなくなり、糸守の絵を書き続ける瀧のシーンでは金網の向こうに満月が見える。瀧の中で糸守の街は高山ラーメンのオジさんに認められるような糸守を描いていて、それは満月を見るようにくっきりと糸守を捉えている。でも目の前には金網があり、そこから先は進めない、というような関係性。金網は×の形をしていて、瀧と三葉のムスビが交わり、その後どんどんと離れていってしまっているかのよう。その後のクレーンにつけられた赤の点滅灯が月(この月は少し欠けている)に届かない位置で光っているのも、まるで瀧に届かない糸守と三葉みたいで、とても幻想的でした。そんでその後、飛騨に行く瀧のTシャツには半月が描かれているっていう。少しずつ三葉の記憶や距離感が遠くなっていくかのよう。
 手元にある『イメージシンボル辞典』で月を調べてみると、相反する価値を表しているそうですよ。これはまあ西洋的な考えで、的外れではないんだろうけど、なんか漠然としてますよね。『君の名は。』の作風を考えるとかぐや姫とのリンクを考えてしまうかな。月はかぐや姫(三葉)の故郷(糸守)で、彗星は地上に降りた月の使者。ラストカットの階段は三葉が階段から降りてくるわけですが、月から再度舞い降りてきたかぐや姫…なんて感じで。と考えるとかぐや姫の「今はとて天の羽衣着る折ぞ君を哀れと思ひ知りぬる 」という和歌は入れ替わりがなくなってその時の記憶が薄れていく二人と被ったりしませんか。三葉が神職の一族だからか、高いところから落ちるor降りてくる芝居も多い気がしますがどうでしょう。
他にも二人の世界の拡げ方として、襖や電車のドアを真横から写したカットが印象的だったり…。

 一番好きなシークエンスは三葉が瀧に会いに行くところ。作品内では瀧が先に三葉への好意を(ぼんやりとではあるけどミキに指摘されて)明らかにする。でも実際には3年前に三葉が瀧へ好きという感情を行動で明らかにしているってのがもどかしいというか、面白い構成。どちらも相手に対して好きだということを言葉にはしていないんだけど、行動で伝わってくる。いつ好きになったかということは漠然としているんだけど、二人が会いたいと思っているのは間違いなくて。その中で三葉が瀧に会いに行くところは、ここぞとばかりに三葉のモノローグを入れて、三葉の精一杯の心象を凄まじい甘酸っぱさで表現していました。瀧の目の前に立つ三葉、そわそわして、どう声をかけようかなと思慮する三葉、どれもこれもが愛おしい。三葉がホームから見上げた小さな空、カタワレ時の空がその小さな三葉の勇気や、不完全なカタワレ時を演出していて素敵でした。

 んでまあ、やっぱり『君の名は。』というタイトルですから、これを言うタイミングとかとても楽しみにしてたわけなんですが、とっても良かったですね。最後のカタワレ時にマジックで名前を書いておこうってとことか、三葉が転んで手を開くところとか、その度にここなの?ここで名前だしちゃうの?とそわそわしましたが、その結果の都度、心の中でガッツポーズしてましたね。最後の最後まで引っ張った「君の名前は」は、まさに忘れちゃいけない名前を尋ねるかのように苦しくて、心の奥深くに眠っていた言葉を呼び醒ますかのよう。その瞬間にたどり着くまでの切なさとかもどかしさがすべて吹き飛ぶかのような、それでいてしっとりとした言葉。涙が出ました。声を掛ける前の瀧くんの芝居作画も素晴らしい。表情は見せず、影と姿勢だけで瀧の決心を表現してる。言葉を発するまでの躊躇いや過去何度も経験したであろう錯誤の可能性…そういったものが俯いた瀧の影として画面に出てくる感じが、瀧の心の中にある執念にすら見える。ちなみに最後「君の名は」じゃねえのかよってのはまあ、今に生きる人達が使う言葉じゃないしという40点くらいの回答で。ここも今後熟慮する点ですね。
 逆に初めて二人が相手の名前を呼んだのは瀧がご神体へ行ってから。「よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って途切れ、またつながり。それが組紐。それが時間。それがムスビ」。この言葉を瀧が聞いて個々人のムスビを意識し始めたのだろうか。三葉の半分である口噛み酒を手元収めた瞬間に意識し始めたのだろうか。それまでは入れ替わりの相手に過ぎなかった「アイツ」を名前で呼び始めた心理をもっと知りたい。



 ここからはちょっとネガティブな部分。
 瀧と三葉の父母についてはもっといろんなものを見てみたかったかなあと。三葉の母・二葉と三葉の間には過去どんなやり取りがあったのかな、とか。入れ替わりについて仄めかしたり、柔らかな時間があったのかな、とか。入れ替わりは宮水家が糸守を守るための手段であり、それを宮水家の女子は引き継いできた。三葉の母・二葉と父・トシキの関係については映画の描写だけで十分だと思うんですよ。「私は宮水ではなく二葉を愛していた」というセリフは、怖い顔しか見せていない劇中のトシキからはあまりにもダイレクトロマンチックなセリフだし。ほいでトシキは多分二葉とは入れ替わってないんでしょうね。入れ替わっているとするならば宮水一族について「妄言は血筋からなのか」みたいな断定はしないだろうなあと。愛する二葉の言葉をそんなバッサリと否定出来ないと思う。ただ二葉から話は聞いている若しくは入れ替わりを目の当たりにしているから「お前は誰だ」と瀧が入った三葉に言うし、その後三葉となった三葉の言葉を信じることが出来る。説明は不足してないと思うんですよね。…と何故かフォローに回ってしまったけど、もっと宮水一族の過去を覗いてみたいとは思った。必要であるかと言われるかと微妙なんですけど、そういう場面が見たかったんだからしょうがない。

 あとOPを入れた理由がわからん。『君の名は。』という作品のスタート地点があるとしても、この作品内の世界は過去から紡がれてきた歴史があって、そこから地続きになって彗星落下からの被害を防いだわけじゃないですか。二人の出会いには今までムスばれてきた経緯がある。それを作品の途中でOPという、いわば隔離された時間を作るのは、そこで作品内の世界を一度切ってしまうことにはならないか。「よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って途切れ、またつながり。それが組紐。それが時間。それがムスビ」なんだけども、それはあの世界で見せるべきものであって、製作側の意図で生まれるOPという時間は、『君の名は。』にはそぐわないと思う。視聴者としてはアバンである部分とOP後の部分、2つを意識することになる。OPでどんな作品であるか見せるよりもキャラクターが言葉を交わして、どんな世界に生きているのかを見せるほうが有効じゃないかと。そう思いました。




 「よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って途切れ、またつながり。それが組紐。それが時間。それがムスビ」。何度も引用してしまうけど、これが『君の名は。』には大事なセリフで、物語の根幹をなすセリフ。ムスビは途切れたりすることもあって、それは最後に再会した瀧と三葉の未来にもあること。『君の名は。』と言葉に句点を打ったそこは、作品としての終わり。でもその先に続く言葉は、間違いなく存在する。


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Author:ざっかん
3日目・東V52b「雑感雑考出張所」です。

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