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2017-03-05(Sun)

もろもろについて。

どうも。
気づけば年度末。辛い。
ということでもろもろ。


◯作画MADについて。
 作画MADを作りました。




 2016年の秋作品をまとめてみました。自分の見てる範囲でしか素材は集めてないです。集めたけど使ってないのもいっぱいある…舟を編むとか…。
 久々に素材いじくりましたが、やっぱりヘタクソだ。まず素材の扱いがヘタクソ。致命的だ。どうエンコしたら画質がどうなるだとかやっと分かってきたレベルだからなあ。画質も劣化してるしバラバラだ。前失敗したビットレートは大丈夫そうかな…椛島さんのもキチンとして上げ直したいな。
 とりあえず現状で作れるものを形にして満足感を手に入れました。次作るまでに劣化・圧縮しないエンコ環境を整えるところから始める。
 あと、みんなが季間でMAD作んない理由がわかった。素材の数が微妙すぎて作るのむずい。
 まだ作りたい題材があるので、動画弄るの勉強しつつ作ることにしたい。


◯最近買った本とかについて。
 ここ半年くらいで買ったムック本とか同人誌で良かったやつ。


 『新海 誠Walker』
 いやあ。新海さんフィーバーですね。関連書籍も大量に出てホクホクです。特集やってる書籍はほとんどチェックしたけど、その中でも『新海 誠Walker』が一番良かったです。
 何が良いって神木くんという超絶有能インタビュアーが10Pに渡って新海さんと過去作品を語りつくすってところ。神木くんがキャラクターの心情にとどまらず画面作りや色彩にまで話を広げている。逆に「君の名は」のインタビューページは相対的に削られちゃってるわけだけど、キャラデザインはどう作ったかーとかいう話題を新海さんに聞いてページが割かれちゃってる本が多いのをみると、『新海 誠Walker』の田中さんと安藤さんが個別でインタビューしてる内容を読めば補完できる感じではある。
 過去作含めて抜粋コンテ、イメージボード、設定が多く掲載されているのもお得感がある。BG抜粋して30P近く特集しているのも面白いですね。新海さんの画集って割りと高騰してるから…って書こうと思ったけど、Amazonマケプレでそうでもない値段で買えますね。気のせいだったかな。
 「君の名は」関連は2つ目のパンフレットもいいですね。作品が売れるとこんなおもろいパンフレットが作られるとは…アニメ作品全部売れればいい。


 『灰と幻想のグリムガル DESIGN WORKS』
 ここ一年ぐらいで一番良い本。キャラ設定はとても整理されて掲載されているし、アクション参考もちゃんと載っけてる。キャラ毎に中村さんがコメントしてて、作画時の注意事項も一項目として取り上げられてる。背景美術、撮影もしっかりピックアップしてるからどういう意図を持って誰の手によって画面が作られたのか、というのが分かりやすい。
 「灰と幻想のグリムガル」のメインスタッフの殆どが今まで中村さんと関わりがある人だから、インタビューではしっかりと過去作品も触れて中村さんがそのメインスタッフを選んだ理由、若しくは期待した事に言及してる。
 もちろん、この本で全カット触れてるわけじゃないからわからない部分はあるんだけど、これだけ情報が整理されてると「ああ、このカットはきっとこういう意図なんだろうな」という憶測が立てやすい。それがアニメを見ているときに、とても楽しかったりする。
 編集・構成は高村江美さん。A1で設定制作とかやってたみたい。設定制作さんが考えるアニメ資料の見やすさってのが、そのまま本の構成になっているのかな、なんて。


 『映画 聲の形 Keyframes Collenction』
 「聲の形」の原画集です。コミケ先行販売で購入。
 装丁はゴージャスでいいんですが、いかんせん見にくい。原画の配置に規則性があるわけでもなく、でかくて重い本を90度回してはA4サイズの原画を見て、そんでまた戻し、回しては戻し…しなきゃいけなから疲れる。内容も表情に寄ったものが多い。
 ただ、高校生硝子が将也と再開する時の「どんな顔していいかわかんない」っていうカットが載ってたのは嬉しかったですね。タイムシートついてないし、何枚か微妙に番号抜かして掲載してるからアレなんですが、表情と表情の間にはあんま原画いれてないっぽいですね。動画でコントロールしてたのかな。もっと中途半端な顔が多かったような気がしたけど。
 構成も本編の流れに沿っただけです。いつものあんま好きでない京アニ原画集だ。雑誌とかムック本で山田さんのインタビューとか読んでると、手話とか相当修正入れてるっぽいけど、そういうのもあんま載ってない。テーマごとに分けたりしたらすごい面白い原画集になる気がするけどなあ。
 メモ書きが多い原画やら修正を意図的に載っけてはいそうですね。筆跡からの特定には使えそうかもしれない。


 『甲鉄城のカバネリ 原画集』
 総集編やってた劇場で購入。買ったのが1月2日。家に積まれた冬コミの本を思い出し、なんとなく後ろめたい気持ちになりつつ購入。一ヶ月くらい積んだ。
 構成は「進撃の巨人」の原画集にかなり近い。1ページに複数枚原画が掲載されてて、荒木さんの一言コメントがページ下部にある。今回もパートバレが多いうえ、あんまり名前を聞いたことがないような若手アニメーターさんにスポット当ててるような気がする。
 見どころはやっぱメイクアップカットですよね。どういう風にコントロールしているかってのも松本幸子と荒木さんのインタビューで言及してるし、見ごたえある。『アニメスタイル010』と併せてチェックすると見応え倍増。メイクアップカットについては『アニメスタイル010』でより深く触れられてたかな。


 『アレコレな原画集。』
 冬コミは松田さんの本も良かったですが、せれすさんの本がプライスレス感あって好きです。
 某魔法少女(とせれすさんがそう書いてるのでそう書いときます)のやつとかおっぱいアニメ2のやつとか、やっぱ上手いっすよね。おっぱいの方は斉藤さん意識しているってコメントにあるけど、斉藤さんは2コマじゃなくて3コマでもうちょっと原画入れるよなあ、なんて。エフェクトはもはや斉藤さんって感じだ。
 クェイサー特典のやつは情熱溢れてていいですよねえ~。線画見てるだけで情熱に圧倒されちゃいます。
 アニメの仕事やってくれんかなあ。


 『村上修一郎演出修正集』
 冬コミからもう一つ。OAD作品で村上さんが演出された時の修正集。
 今まで演出なんてやったことない作オタが演出をやらされることになって…!みたいな内容なんですが、単純にすげえってなりますね。村上さんの作オタとしての引き出しの多さと応用力が。
 自分が理想的だと思っている原画が手元にあれば、「こんな感じで」っていう指示出しが出来るようだし(そういうので良いんだ!という驚きも然り)、3D組んだりしてるのもきっと趣味の一環でやってたんだろうから、素直に尊敬する。演出の仕事ではないと前置きはしてるけど、線撮時にaviutlを使って…とかいう話も、普段からいじくってないとその発想に行かない気がするなあ。
 村上さんの探究心とアニメ業界の懐の深さ(?)を感じ取れる良いコピー本でした。


◯アニメ『グランブルーファンタジー』について。
 『グランブルーファンタジー』はどうやら4月から放送開始だそうですが、1月に1,2話を先行放送してました。
 メインアニメーターに三輪和宏さんと斉藤良成さんだそうですよ。
 http://anime.granbluefantasy.jp/index.html
 ※公式HPに表記なし
 1,2話でも作監、原画で参加されてましたね。
 https://sakugabooru.com/post/show/30042
 ※booruにも上がってる。ドラゴンだかと戦うところの紫色トレエフェクトも斉藤さんの香りがする。。。
 三木達也さんのアカウントで三輪さん大活躍、というのは見ましたが、斉藤さんはどうなんだろう。絵コンテ演出作監回はあるのかな。
 絶賛応援グランブルーファンタジー…というか斉藤さん。


 以上。
 自分の横に積まれたムック本とアニメ関係資料と同人誌、どうしたもんかね。もう保管しとくところがない。
 売るっつってもなあ。スキャンしたいしなあ。うーん。キンドルもぼちぼちだけどなあ。うーん。
 …とりあえず各種オークションを観察するか。

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2016-12-29(Thu)

冬コミについて。

 どうも。
 年の瀬ですね。冬コミですね。今年は新刊引っさげて参加しますよ。
 今回は「中村亮介さんについて。」です。
 中村さん監督作品と、演出で参加されているOP・ED作品を中心に、中村さんの演出面から雑考してます。中村さんのブログもそうだし、中村さん作品のムック本でも割と踏み込んだ話をしていることが多いので、いろいろと引用して内容濃くなってます。中村さんや中村さん関連作品を追っかける際にも、ムック本の良し悪しの判断材料にできるかと思うので、是非是非いらっしゃって御覧ください。
…てかこのブログ見てる人なんてごく少数なんだから皆来てよね!


 3日目・東V52b「雑感雑考出張所」です。1冊100円です。既刊も持ってきます。お目当て回った後に遊びに来てください。
 よろしくお願いいたします。







 以下自慢。

9月、伊豆スカイラインに行ってきました。
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天気そこそこ良かったけどあんまり車なかったなあ。
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多分沼津。夕日が雲間から差し込んでとてもきれいでした。ヘタクソだから綺麗さが伝わらないね。
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暖かい日だったから半袖で行ったんですけど、スカイラインは山の上なので寒かったです。当たり前です。
9月は他にもビーナスラインに行こうとして何故か松本で降りてしまい、日が暮れたので254で帰るという微妙に貴重な経験をしました。

11月、東名を適当に西進。
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マツダっぽい空。最近疲れてるからか知らんけど空を撮ることが多い。
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由比PA。夜景の露光は奥深いです。なんかもっと上手に取れそうな気がするもんね。

12月、コミケ前に有明をふらつく。
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 三脚忘れて上手く撮れず。ロードスターとスターという構図、もっとビシっとキメたいですね。ビシっと。
 有明は夜遅くても灯りが多いし、のんびり夜景が取れますね。湾岸エリアは首都高を上からも下からも撮れるから大好きです。よくボーっとしに行きます。
 あー…やっぱロードスター可愛いですね…。


 以上。コミックマーケット、楽しみましょう。



2016-09-18(Sun)

『聲の形』について。

 どうも。頻繁に更新しすぎて特に冒頭で書くことがない(そんな頻繁でもない)。
 『聲の形』を見ました。とても良かったので感想です。ネタバレありです…つかこの作品のネタバレってなんだろな。

 自分は自己否定の結果、自分を肯定できるようになる作品がすごく好きなんだけど、聲の形はそうではなくて、自分のことは好きになれないけど、自分のことが好きじゃない者同士が寄り添って歩いていけば、自分のことが嫌いなだけの世界ではなくなっていくのかもしれない…みたいな作品で、その終わり方がすごく愛おしい。
 一度自分が嫌いなことが頂点に達して死を望んでも、嫌いな自分を好きで居てくれる人も居る。それに気づいて将也も硝子も死を望むことはなくなった。でも自分が嫌いな自分は残るし、自分の嫌いな誰かもいる(劇中では硝子と直花の関係)。それをすぐに改めることなんかできないし、相手が自分の仕草や発言を好きになるわけでもない。でも『聲の形』のメンツは将也に嫌いな自分を言い当てられて、嫌いな自分として他のメンツと対峙しなければいけなくなった。だからこそ各キャラクターが別のキャラクターに踏み込んでいけるし、直接的にバカって言えるようになった。この状況は決して自己否定からの脱却じゃなくて、嫌いな自分を内包した状態で寄り添っていける関係が生まれたってことなんだろうな。この先も嫌いな自分に絶望してしまうかもしれない。だから「生きるのを手伝って欲しい」と将也は願ったのかな。
 その寄り添える関係は将也が生み出した「小学生時代の同級生との再会」という波紋と「将也から発せられた嫌いな自分を見透かす言葉(声って言うべき?)」という波紋が広がって混ざり合って出来たものであって、波紋は人の輪となって広がっていく。自己否定を克服するのではなく、嫌な自分ひっくるめて伝播させていく。そうすることで将也は自分への「☓」も、他人の表情に対する「☓」も自然と剥がしたのかも。きっと将也が(直花に「☓」を付け直したように)また他人の表情に「☓」をつけることがあっても、硝子と一緒に「☓」を剥がしていくに違いない。
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 …というカラッとした感想にならないのは、終盤で永束くんの表情を再び見ることができるようになったあと、主観視点で視線を落とす将也のカットを入れたからなんです。波紋が広がるように、少しずつ、嫌いな自分に向き合いながら話す仲間の輪を見て、「☓」が取れていく。一筋縄では剥がれない「☓」が嫌いな自分とのつきあい方と被る。だからこそ各々の嫌いな自分とのつきあい方やそれと向きあおうとする姿勢に感動した。


 その他ぐっと来たとこについて。
 将也の自信のない感じはもう見れば見るほど魅力的だった。猫背…というよりも前を見ることが出来なくて、「下を向いていたほうが楽」な立ち方。硝子との身長差もある分強調されていて、頼りなさが上手にデザインされていました。硝子と初めて二人で電車に乗った時、硝子に目を見られてとっさに目をそらし腕を組む仕草であるとか、困ったときや慌てた時に手を動かす仕草…オーバーなりアクションでブラーとか使っても良いんだろうけど、すごく狭い範囲でちょこまか動くんですよね。その芝居が実直に表現をしようとしていて良かった。
 逆にギャグの表情もまた良かった。永束は特に四角目ギャグ顔多用してましたけど、その四角い目のまま目線や線の太さが変わるのがめちゃめちゃ面白かったです。取り繕い、黄昏、指摘…とかなんかいろいろな意味を含んでやってましたね。すごい。
 初めて将也と対面した硝子の表情がすごく良かった。困った顔から少し眉を吊らせて頬をちょっと膨らませる顔…からの再会を喜ぼうとする崩した顔に移る…かと思ったら顔を背け逃走。どんな顔してあったら良いかわからなかったんだ…ってのを表情だけでわからせるって相当すごいと思うんだけど、うまく言葉に出来ない。あそこで将也に「どんな顔して会えばいいかわからなかったのかなー」的な一言挟んでも良いのかもしれんけど、人の表情から目をそらしてきた将也はそれ言えんよなあ…と思ったり。
 将也が硝子の「すき」を「つき」と聞き間違えたのって原作からあるのかな。月が綺麗ですね的なミーニング入ってる感じが山田尚子さんっぽいとか思った。
 将也が学園祭で下を向いてしまって、硝子が下を向いたままで良いっていうところ、劇中で一番良いなあと思った。自己否定の容認っぽくて、それがなんだか悲しさを感じるけど、それを包んでくれる優しさはあるという。硝子らしい返事。全然関係ないけどここで「上を向いて歩こう」が脳内でかかった。
 
 
 ここからはマイナスな感想。
 細かいことだけど観覧車に乗った硝子の手の芝居は記号的だった気がする。カメラ越しに硝子の手の内側を映しているカットで、肩から震えるような形で直花からの言葉で手がカタカタ震えてる。それが単純な上下にカタカタと震わせるだけってのはもったいないなあと。手を内側から見据えるカットなんて通常じゃありえない分、直花からの言葉に合わせて表現をして欲しかったなあ、なんて。
 あとは将也が病院へ運ばれた後意識を取り戻して硝子の元へ向かうところのBGMいらないなあって思った。二人の再会を盛り上げる意図かもしれないけど、あそこの二人は自分自身や周りの人の感情でグチャグチャになって、心も体もボロボロになってしまっていて、その二人がボロボロのまま会うってのに盛り上げてどうするんだと思ってしまったのです。あんまりメソメソしたものにしたくなかったのかな。「生きるのを手伝って欲しい」ってすごく情けない言葉じゃないですか。でも自己否定の先を見てきた二人だからこそ変な意味にならなくて心の底から思った言葉だと感じるんですけど、そこに盛り上がりよりも真っ裸の二人を見せて欲しかったなあ…と。


 以上。いつも以上にふわっとした感想で笑う。感想書きたかったんだからしょうがない。劇場に行く人少なくなったらまた見に行きたい。
 以下余談。





 もうほんと余談なんですけど、車買いました。消費でストレスを発散した行く末がこうです。も、もうおっきい買い物はしないぞ…。
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ロードスターです。可愛いです。
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広角で歪ませると最高に可愛くなる。
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青空が映える。

以上です。ただ自慢したかっただけです。写真は勉強中です。大目に見てください。
最近はふらふらしてるのでウヒッっていう写真が取れたら上げていきます。


2016-08-30(Tue)

『君の名は。』について。

 『君の名は。』見てきました。もう、なんか良いな!って思ったので忘れないうちに感想を書いておこうと思います。忘れたくなかった感想…忘れちゃダメな感想…!
 ネタバレ有りです。読みにくいです。2回目見たので少し加筆。


 新海さんの作品は出会いを重要視していると思ってるんですけど、『君の名は。』は単純に瀧と三葉の出会い、というわけでなく、瀧と三葉を取り巻くキャラクター、果ては祖先までが瀧と三葉の運命を紡ぐ作品になっていました。『言の葉の庭』の次作という視点で言うなれば、孤独からの脱却であった『言の葉の庭』から、連帯する人の存在を生み出した『君の名は。』…となるのかなと。それを象徴するのが三葉の祖母・一葉の「よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って途切れ、またつながり。それが組紐。それが時間。それがムスビ」というセリフ。人との関わりが物語を作り上げ世界を作り上げる。今までの新海さんの作品と比べると、モノローグがかなり少ない理由も人との関わり(ムスビ)にスポットを当てているから、と。
 ただその分、BGやBGオンリーのカットのインパクトは薄れたような気もします。黄昏時がフィーチャーされていますが、キャラクターを中心としているようなBGの使われ方が多い。露骨に前に出ない分、キャラクターの生きる世界としてはすごく溶け込んでいたとは思うんですけどね。

 「よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って途切れ、またつながり。」これを現すかのような、キャラクター等を対照的に配置した画面作りがとても面白かったです。
 序盤の瀧と三葉は特に、進行方向に気を使っている気がしました。三葉は左へ、瀧は右へ。この時はまだ交わらない(物語的にはもう因果が発生してはいるんだけど)からこそなのかもしれないけども、同じ画面にいながらも二人がすれ違わない、そんな画面づくりでした。二人の向きとして一番グッと来たのは、二人が彗星を見上げる時。あおり気味で後ろを回りこむ画面なんですけど、右から左へ二人の表情を捉える画面は、まさしく2つの世界がシンクロした瞬間のようで、画面の美しさと共に涙が出そうになりました。遠くにいながらも同じ時間同じ空を見上げている。その瞬間は確かに瀧と三葉は気持ちを共有していて(瀧にとっては知らない少女である三葉だけれども)二人は同じ方向を見上げている。鳥肌が立ちました。

 月も特徴的な使われ方をされていました。月が明確にセリフとしてでてくるのは、月と地球の距離よりも彗星と地球が接近するというニュース番組での言葉。月・彗星・地球という関係性に限って見ては、月は瀧から見る糸守、三葉から見る東京を指します。その間を流れる彗星はまるで二人の間を決定的に割くように流れる。まあ単純に二人を割くために彗星は存在していないんですけど、月と彗星と地球がピックアップされるときはそんな立ち位置だったと思います。
 二人が相手の世界に行くことが出来ない瞬間には月が遠い場所、立ち入れない場所として出てきます。入れ替わりがなくなり、糸守の絵を書き続ける瀧のシーンでは金網の向こうに満月が見える。瀧の中で糸守の街は高山ラーメンのオジさんに認められるような糸守を描いていて、それは満月を見るようにくっきりと糸守を捉えている。でも目の前には金網があり、そこから先は進めない、というような関係性。金網は×の形をしていて、瀧と三葉のムスビが交わり、その後どんどんと離れていってしまっているかのよう。その後のクレーンにつけられた赤の点滅灯が月(この月は少し欠けている)に届かない位置で光っているのも、まるで瀧に届かない糸守と三葉みたいで、とても幻想的でした。そんでその後、飛騨に行く瀧のTシャツには半月が描かれているっていう。少しずつ三葉の記憶や距離感が遠くなっていくかのよう。
 手元にある『イメージシンボル辞典』で月を調べてみると、相反する価値を表しているそうですよ。これはまあ西洋的な考えで、的外れではないんだろうけど、なんか漠然としてますよね。『君の名は。』の作風を考えるとかぐや姫とのリンクを考えてしまうかな。月はかぐや姫(三葉)の故郷(糸守)で、彗星は地上に降りた月の使者。ラストカットの階段は三葉が階段から降りてくるわけですが、月から再度舞い降りてきたかぐや姫…なんて感じで。と考えるとかぐや姫の「今はとて天の羽衣着る折ぞ君を哀れと思ひ知りぬる 」という和歌は入れ替わりがなくなってその時の記憶が薄れていく二人と被ったりしませんか。三葉が神職の一族だからか、高いところから落ちるor降りてくる芝居も多い気がしますがどうでしょう。
他にも二人の世界の拡げ方として、襖や電車のドアを真横から写したカットが印象的だったり…。

 一番好きなシークエンスは三葉が瀧に会いに行くところ。作品内では瀧が先に三葉への好意を(ぼんやりとではあるけどミキに指摘されて)明らかにする。でも実際には3年前に三葉が瀧へ好きという感情を行動で明らかにしているってのがもどかしいというか、面白い構成。どちらも相手に対して好きだということを言葉にはしていないんだけど、行動で伝わってくる。いつ好きになったかということは漠然としているんだけど、二人が会いたいと思っているのは間違いなくて。その中で三葉が瀧に会いに行くところは、ここぞとばかりに三葉のモノローグを入れて、三葉の精一杯の心象を凄まじい甘酸っぱさで表現していました。瀧の目の前に立つ三葉、そわそわして、どう声をかけようかなと思慮する三葉、どれもこれもが愛おしい。三葉がホームから見上げた小さな空、カタワレ時の空がその小さな三葉の勇気や、不完全なカタワレ時を演出していて素敵でした。

 んでまあ、やっぱり『君の名は。』というタイトルですから、これを言うタイミングとかとても楽しみにしてたわけなんですが、とっても良かったですね。最後のカタワレ時にマジックで名前を書いておこうってとことか、三葉が転んで手を開くところとか、その度にここなの?ここで名前だしちゃうの?とそわそわしましたが、その結果の都度、心の中でガッツポーズしてましたね。最後の最後まで引っ張った「君の名前は」は、まさに忘れちゃいけない名前を尋ねるかのように苦しくて、心の奥深くに眠っていた言葉を呼び醒ますかのよう。その瞬間にたどり着くまでの切なさとかもどかしさがすべて吹き飛ぶかのような、それでいてしっとりとした言葉。涙が出ました。声を掛ける前の瀧くんの芝居作画も素晴らしい。表情は見せず、影と姿勢だけで瀧の決心を表現してる。言葉を発するまでの躊躇いや過去何度も経験したであろう錯誤の可能性…そういったものが俯いた瀧の影として画面に出てくる感じが、瀧の心の中にある執念にすら見える。ちなみに最後「君の名は」じゃねえのかよってのはまあ、今に生きる人達が使う言葉じゃないしという40点くらいの回答で。ここも今後熟慮する点ですね。
 逆に初めて二人が相手の名前を呼んだのは瀧がご神体へ行ってから。「よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って途切れ、またつながり。それが組紐。それが時間。それがムスビ」。この言葉を瀧が聞いて個々人のムスビを意識し始めたのだろうか。三葉の半分である口噛み酒を手元収めた瞬間に意識し始めたのだろうか。それまでは入れ替わりの相手に過ぎなかった「アイツ」を名前で呼び始めた心理をもっと知りたい。



 ここからはちょっとネガティブな部分。
 瀧と三葉の父母についてはもっといろんなものを見てみたかったかなあと。三葉の母・二葉と三葉の間には過去どんなやり取りがあったのかな、とか。入れ替わりについて仄めかしたり、柔らかな時間があったのかな、とか。入れ替わりは宮水家が糸守を守るための手段であり、それを宮水家の女子は引き継いできた。三葉の母・二葉と父・トシキの関係については映画の描写だけで十分だと思うんですよ。「私は宮水ではなく二葉を愛していた」というセリフは、怖い顔しか見せていない劇中のトシキからはあまりにもダイレクトロマンチックなセリフだし。ほいでトシキは多分二葉とは入れ替わってないんでしょうね。入れ替わっているとするならば宮水一族について「妄言は血筋からなのか」みたいな断定はしないだろうなあと。愛する二葉の言葉をそんなバッサリと否定出来ないと思う。ただ二葉から話は聞いている若しくは入れ替わりを目の当たりにしているから「お前は誰だ」と瀧が入った三葉に言うし、その後三葉となった三葉の言葉を信じることが出来る。説明は不足してないと思うんですよね。…と何故かフォローに回ってしまったけど、もっと宮水一族の過去を覗いてみたいとは思った。必要であるかと言われるかと微妙なんですけど、そういう場面が見たかったんだからしょうがない。

 あとOPを入れた理由がわからん。『君の名は。』という作品のスタート地点があるとしても、この作品内の世界は過去から紡がれてきた歴史があって、そこから地続きになって彗星落下からの被害を防いだわけじゃないですか。二人の出会いには今までムスばれてきた経緯がある。それを作品の途中でOPという、いわば隔離された時間を作るのは、そこで作品内の世界を一度切ってしまうことにはならないか。「よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って途切れ、またつながり。それが組紐。それが時間。それがムスビ」なんだけども、それはあの世界で見せるべきものであって、製作側の意図で生まれるOPという時間は、『君の名は。』にはそぐわないと思う。視聴者としてはアバンである部分とOP後の部分、2つを意識することになる。OPでどんな作品であるか見せるよりもキャラクターが言葉を交わして、どんな世界に生きているのかを見せるほうが有効じゃないかと。そう思いました。




 「よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って途切れ、またつながり。それが組紐。それが時間。それがムスビ」。何度も引用してしまうけど、これが『君の名は。』には大事なセリフで、物語の根幹をなすセリフ。ムスビは途切れたりすることもあって、それは最後に再会した瀧と三葉の未来にもあること。『君の名は。』と言葉に句点を打ったそこは、作品としての終わり。でもその先に続く言葉は、間違いなく存在する。


2016-08-06(Sat)

シン・ゴジラについて。

 お久しぶりです。なんともう8月。いろいろブログに書きたかったこともあったけど、忙しさを理由にないがしろにしてしまった。最近感想残しておくことの大事さを身にしみて感じているので、もう、なんか良いな!って思ったらすぐどっかに書くようにしてる。

 シン・ゴジラを見てきました。庵野監督作品って嫌いではないんだけどのめり込んだこともなくって。そのうえゴジラってあんまり印象なくて。ハム太郎と同時上映した時、ハム太郎がゴジラに食べられてるキーホルダー貰ったなあとか、あれ生まれて初めて親同伴無しで映画館行ってわくわくしてたなあとか、そういう印象しかない。…割といい思い出だった。
 ちなみに一日に2回映画館で見ました。これも初めての体験だ…。お金がなかったのでATMを探し、お金おろして2回目見ましたが、良い判断だった。1回目は言葉の情報量に飲み込まれて画面に意識が行ってなかった。
 ということで前知識とかゼロですが、感じたことをそのまま。ネタバレあり。

 自分が良いなあと思ったのは大きく分けて以下2つ。

 ○各キャラクターの意思の表現と画面
 例えば序盤、官邸で会議開いたりなんだりしているところ。出席者は大勢いるのにほとんどが感情を出さず、淡々と具申したりペーパーを読み上げたり…テンポよくカット割ってるけど、芝居が飄々としている分、緊迫感は薄い。でもトンネル事故等の原因が巨大生物である可能性が高まると、芝居やFIXの画面が途端に強硬な表情を見せる。総理大臣から見た主観視点で、各省庁の大臣が意見を次々の述べるカットでは、各大臣が無表情で、まっすぐとカメラを見つめて意見を伝えてくるんだけど、淡々とした口ぶりでありながら情報量が多く、真意が読み取り辛い言葉であるから、その言葉の波に飲み込まれ、圧倒されてしまう。それは同じ目線から言葉を浴びせられている総理大臣も同様だろうし、緊迫した状況を客観視させない画面作りをしているなあと。
 ここの場面って大臣本人の意思表示という要素は少ないんだけど、発言にはその後ろに居る各省庁職員の思惑や策略が含まれていて、大臣は各省庁の集合体として存在しているかのような、ぼんやりとしているけど大きな意思表示になっている。それがまたどこまで大きなものであるか分かりにくく、掴みどころがなくて怖いっていう。しかもアップで大臣の顔は撮られているんだけど、後ろにピンぼけで秘書官?事務次官?が座っていると、まさに大臣の背後にある意思が見え隠れしているようで恐ろしい。だからこそ防衛大臣が自衛隊の攻撃が無為に終わってしまったことに対し感情を露骨に見せている場面が特徴や大臣の性格を前に押し出し、他の省庁とは違う印象を受けるのかもしれない。

 表情や顔を見せないことによって印象的になっていたところもあった。
 巨災対のメンツが思い思いの考えを話すカットは誰かの後頭部越しに、カメラ側に向かって意見をぶつけてくるカットが多い。聞いている相手の表情や感情を排除した、一方的な意思表示であることを強調してて、圧迫感ある画面でとても良かった。巨災対はチーム感が殆ど無くて、言葉で殴りあってるような気がして面白かった。みんな一方的に発言するんだけど知恵が集まって対応策の立案にたどり着くっていう。基本的に主張を訴える時って真正面から映す画面なんだけど巨災対のメンツは右を見たり左を見たり…比較的バラバラとしているように思えた。統一感のなさが伝わる良い画面作りだと思う。
 他にも代表者然としたキャラクターを少しでも減らそうとしている画面作りが良かった。米軍なんかはカヨコが米国代表みたいなポジションだったけど、米国の決断とか方向性をカヨコが決めた場面は無くって、カヨコからの働きかけの結果、顔の見えない米国高官が大統領に核使用について低減をする、みたいな間接的な活躍として見せようとしているのが印象的だった。意思決定を下す米国(その他の国も)の人間は最後まで出てこない。皆大きな「圧力」のなか自分の意思を示そうとしているから誰かが英雄になることも無い…みたいな。

 序盤はやっぱり登場人物も多くて、見始めたばかりの時間帯だから混乱することも多い。それが緊迫感だったり混乱した状況下、という印象を与えているのかもしれないけど、後半の整然とした画面作りも良かった。
 立川の本部屋上で矢口と赤坂が自身の主張をぶつけあうところ。今まで人が多く閉塞感を感じる画面が多かったのに対して、空と屋上のコンクリートが画面の殆どを占める。空の雲も印象的ではなくて、それが逆にシンプルな画面に見えてくる。カメラはフォローパンしてて、矢口はずっと画面右を向いて歩く。赤坂は途中から画面左を向いて意見を衝突させる。その後に後頭部越しのカメラがあって、一方的に言葉をぶつけあっているように感じる。画面右への方向性は世界の主流ではないものの、ゴジラをなんとかした後の、未来の東京を見据えたプラスの方向で、画面左は世界が考える方針、日本からするとマイナスな方針…東京壊滅・復興の遅れ已む無し(=赤坂の方針?)という立ち位置なのかな。その後も国連決議も出たんだ!って言う赤坂の場面とか、画面左へ歩いて行って振り返って話す(そのまま写すと右を向くことになる)ところで、あえてカット割って赤坂を真正面から映すカメラにして、右を向かせないようにしている。
 矢口はその後も基本的に右を向くんだけど、ゴジラを見据えるときは左を向くんだよね。それも画面の左側に写して。ここの意図はなんだろう…。
 ゴジラのカメラ内の進行方向はかなりバラバラだった気がするけど…あぁちゃんと意識して見てないな。法務大臣が「なんでこっちにくるんだ!」って言った辺りで少し意識し始めたけど…あぁもう一回見たい。


○登場キャラクターを英雄にしない演出
 ゴジラが来たから倒す。シンプルだからこそこの「倒す」役割を誰にするかによって、それが英雄然としてしまわないか、正直心配だったけど上手く避けていたように感じる。
 矢口が中心人物だから祭り上げられてしまいそうなんだけど、そこをラスト…普通であれば歓喜の瞬間が訪れるところを安堵やこれからの復興を視野に入れ始めた…みたいな反応で、矢口の感情をおおっぴらにしないことで英雄的な印象も和らいでるし、なにより矢口が対応策に気づいたわけでなく、ただ決裁を下すポジションであったという風に序盤から下積みを重ねてきたから嫌味っぽくもない。そしてゴジラに近づいて、実際に冷却剤を注いだのが名も無き部隊員っていうのも良い。冷却剤の投入方法もすごく地味だし。
 そいで一番痺れたのは、ド派手にゴジラにぶつかっていくのが近代日本を象徴し、日常的に日本人が使っている新幹線や電車、オフィス(ビル)ってのが、最高にかっこいいじゃないですか。今まで蓄積してきた日本の叡智たる無機物な機械達が、日本の背景を背負ってゴジラにぶつかっていく。宇宙大戦争をバックに。序盤でゴジラに蹂躙されて吹っ飛んでいった北品川駅の車両や簡単に押し倒され、真っ二つになっていたビル群がまるで反撃するかのようにゴジラに襲いかかっていく。ここだけ異様に復讐劇っぽくて、人間的ってのがもうたまらなく好きです。
 登場キャラクターを英雄にしてゴジラに挑ませるのではなく、たくさんの人達が作り上げ、改良されてきた機械を使ってゴジラに一矢報いる。かっこいいですなあ。


 以上。支離滅裂に長々と感想書いたけど、新幹線とか横並びする在来線とかキビキビ動く戦車とかでうわーすげーかっけー!ってなれて、そういう自分がいることを確認できたことが一番印象的だったりします。このワクワクとドキドキな体験があるからいっぱいアニメも映画も見たいと思えるのよね。
 ブログ…もっと更新したいなあ…


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アニメ『グランブルーファンタジー』に斉藤良成さんがメインアニメーターとして関わるようですよ。絶賛応援。

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