2016-09-18(Sun)

『聲の形』について。

 どうも。頻繁に更新しすぎて特に冒頭で書くことがない(そんな頻繁でもない)。
 『聲の形』を見ました。とても良かったので感想です。ネタバレありです…つかこの作品のネタバレってなんだろな。

 自分は自己否定の結果、自分を肯定できるようになる作品がすごく好きなんだけど、聲の形はそうではなくて、自分のことは好きになれないけど、自分のことが好きじゃない者同士が寄り添って歩いていけば、自分のことが嫌いなだけの世界ではなくなっていくのかもしれない…みたいな作品で、その終わり方がすごく愛おしい。
 一度自分が嫌いなことが頂点に達して死を望んでも、嫌いな自分を好きで居てくれる人も居る。それに気づいて将也も硝子も死を望むことはなくなった。でも自分が嫌いな自分は残るし、自分の嫌いな誰かもいる(劇中では硝子と直花の関係)。それをすぐに改めることなんかできないし、相手が自分の仕草や発言を好きになるわけでもない。でも『聲の形』のメンツは将也に嫌いな自分を言い当てられて、嫌いな自分として他のメンツと対峙しなければいけなくなった。だからこそ各キャラクターが別のキャラクターに踏み込んでいけるし、直接的にバカって言えるようになった。この状況は決して自己否定からの脱却じゃなくて、嫌いな自分を内包した状態で寄り添っていける関係が生まれたってことなんだろうな。この先も嫌いな自分に絶望してしまうかもしれない。だから「生きるのを手伝って欲しい」と将也は願ったのかな。
 その寄り添える関係は将也が生み出した「小学生時代の同級生との再会」という波紋と「将也から発せられた嫌いな自分を見透かす言葉(声って言うべき?)」という波紋が広がって混ざり合って出来たものであって、波紋は人の輪となって広がっていく。自己否定を克服するのではなく、嫌な自分ひっくるめて伝播させていく。そうすることで将也は自分への「☓」も、他人の表情に対する「☓」も自然と剥がしたのかも。きっと将也が(直花に「☓」を付け直したように)また他人の表情に「☓」をつけることがあっても、硝子と一緒に「☓」を剥がしていくに違いない。
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 …というカラッとした感想にならないのは、終盤で永束くんの表情を再び見ることができるようになったあと、主観視点で視線を落とす将也のカットを入れたからなんです。波紋が広がるように、少しずつ、嫌いな自分に向き合いながら話す仲間の輪を見て、「☓」が取れていく。一筋縄では剥がれない「☓」が嫌いな自分とのつきあい方と被る。だからこそ各々の嫌いな自分とのつきあい方やそれと向きあおうとする姿勢に感動した。


 その他ぐっと来たとこについて。
 将也の自信のない感じはもう見れば見るほど魅力的だった。猫背…というよりも前を見ることが出来なくて、「下を向いていたほうが楽」な立ち方。硝子との身長差もある分強調されていて、頼りなさが上手にデザインされていました。硝子と初めて二人で電車に乗った時、硝子に目を見られてとっさに目をそらし腕を組む仕草であるとか、困ったときや慌てた時に手を動かす仕草…オーバーなりアクションでブラーとか使っても良いんだろうけど、すごく狭い範囲でちょこまか動くんですよね。その芝居が実直に表現をしようとしていて良かった。
 逆にギャグの表情もまた良かった。永束は特に四角目ギャグ顔多用してましたけど、その四角い目のまま目線や線の太さが変わるのがめちゃめちゃ面白かったです。取り繕い、黄昏、指摘…とかなんかいろいろな意味を含んでやってましたね。すごい。
 初めて将也と対面した硝子の表情がすごく良かった。困った顔から少し眉を吊らせて頬をちょっと膨らませる顔…からの再会を喜ぼうとする崩した顔に移る…かと思ったら顔を背け逃走。どんな顔してあったら良いかわからなかったんだ…ってのを表情だけでわからせるって相当すごいと思うんだけど、うまく言葉に出来ない。あそこで将也に「どんな顔して会えばいいかわからなかったのかなー」的な一言挟んでも良いのかもしれんけど、人の表情から目をそらしてきた将也はそれ言えんよなあ…と思ったり。
 将也が硝子の「すき」を「つき」と聞き間違えたのって原作からあるのかな。月が綺麗ですね的なミーニング入ってる感じが山田尚子さんっぽいとか思った。
 将也が学園祭で下を向いてしまって、硝子が下を向いたままで良いっていうところ、劇中で一番良いなあと思った。自己否定の容認っぽくて、それがなんだか悲しさを感じるけど、それを包んでくれる優しさはあるという。硝子らしい返事。全然関係ないけどここで「上を向いて歩こう」が脳内でかかった。
 
 
 ここからはマイナスな感想。
 細かいことだけど観覧車に乗った硝子の手の芝居は記号的だった気がする。カメラ越しに硝子の手の内側を映しているカットで、肩から震えるような形で直花からの言葉で手がカタカタ震えてる。それが単純な上下にカタカタと震わせるだけってのはもったいないなあと。手を内側から見据えるカットなんて通常じゃありえない分、直花からの言葉に合わせて表現をして欲しかったなあ、なんて。
 あとは将也が病院へ運ばれた後意識を取り戻して硝子の元へ向かうところのBGMいらないなあって思った。二人の再会を盛り上げる意図かもしれないけど、あそこの二人は自分自身や周りの人の感情でグチャグチャになって、心も体もボロボロになってしまっていて、その二人がボロボロのまま会うってのに盛り上げてどうするんだと思ってしまったのです。あんまりメソメソしたものにしたくなかったのかな。「生きるのを手伝って欲しい」ってすごく情けない言葉じゃないですか。でも自己否定の先を見てきた二人だからこそ変な意味にならなくて心の底から思った言葉だと感じるんですけど、そこに盛り上がりよりも真っ裸の二人を見せて欲しかったなあ…と。


 以上。いつも以上にふわっとした感想で笑う。感想書きたかったんだからしょうがない。劇場に行く人少なくなったらまた見に行きたい。
 以下余談。





 もうほんと余談なんですけど、車買いました。消費でストレスを発散した行く末がこうです。も、もうおっきい買い物はしないぞ…。
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ロードスターです。可愛いです。
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広角で歪ませると最高に可愛くなる。
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青空が映える。

以上です。ただ自慢したかっただけです。写真は勉強中です。大目に見てください。
最近はふらふらしてるのでウヒッっていう写真が取れたら上げていきます。


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Author:ざっかん
アニメ『グランブルーファンタジー』に斉藤良成さんがメインアニメーターとして関わるようですよ。絶賛応援。

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