2016-11-14(Mon)

浅香守生さんのOP演出について

 どうも。

 冬コミ受かりました。3日目・東V52b「雑感雑考出張所」です。
 今回は『中村亮介さんについて。』で新刊出したい…出します。中村さん演出作品・話数からピックアップして中村さん演出の魅力を伝える一冊をだそうかなーと考えてます。あとは中村さん自身が色んな所で自身の演出のルーツだったり、考えを表に出しているので、そこからなんかいろいろ拡げたりとかできるかな、とか。斉藤さんの時以上に愛ある一冊にしたいですな。
 原田さんのやつは憶測に憶測がどんどん積まれていってなんかぼんやりした感じになりそうだったので、ちょっと一回ポシャります…。もうちょっとちゃんと調べてからにします…。
 てか大晦日サークル参加初めてだ。楽しみです。面白い本になるかはわかりませんが、お目当て回った後にでも是非是非寄ってください。よろしくお願いいたします。


 だからというわけでは無いんだけど、今回はちょっと浅香守生さんのOP演出について。
 
 以前中村さんがあいうらイベントで「浅香さんは物を使っての演出が上手い」なんて話をしてた気がするけど、OPでもその作品内の物や要素を映像内に持ってくるのが上手だなあと思うことが多々ある。
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「カードキャプターさくら」OP3では、さくらの杖にもある星型の物が乱反射の鏡となってさくらを様々な方向から映し出す。下で触れるフレームを作るっていう部分にも関連してくるかな。
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「ちはやふる2」OPでは小さい頃のちはやが歌詞とシンクロして自分の想い(紅葉)を大切に握る。
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「俺物語!!」OPでは二人が仲良くなるきっかけとなったスイーツや果物が出て来る。苺に乗るってアイデア面白いですよね。フラフラと足を動かす大和がポップでキッチュ(死語)
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「俺物語!!」OPから。ゴリラに例えられがちな猛男がキングコングになるっていう。
「俺物語!!」OPは他にも足跡を使った二人の距離感が歌詞とシンクロしている。


 浅香さんはインタビューでこんなこと言ってます。

>あと当然ですけど、音楽に乗ったところの気持ち良さは最低限がなければいけないと思うんです。最近やった「ダイヤのA」だと、テンションを一気に上げて、見てる人の血圧が30ぐらい一気に上がるぐらいの感覚です。オープンニングを観終わった時に作品を見る状態ができていて、本編に入っていくというのがもくろみです。

アニメ業界の詩人 浅香守生監督インタビューより

 これはDNAのOP(浅香さん初OP演出)やったときの話をしているときの文脈だけど、「オープンニングを観終わった時に作品を見る状態ができていて、本編に入っていく」という部分で工夫されている要素が多いなあと思う。
 例えば文字演出。浅香さんは作品タイトルをそのまま演出の一部に組み込むことが多い。
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「俺物語!!」OP。イメージBGのど真ん中に俺物語の俺の文字(この後のカットで「物」「語」も)。TVシリーズにおいてこれからこのタイトルのアニメをやりますよってのは必要だと感じる。このタイトルの作品をこれから見せますよ、という導入といった印象を受ける。
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『ダイヤのA』OP。キャラの手前にタイトルを出す。後ろではきっちりと野球作画が描かれている情報量が多いカット。こういう場合の手前に来る文字って絵コンテでどう指示出してるんだろう。BOOKとは意味合い違うだろうし。
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『ノーゲーム・ノーライフ』OP。タイトル文字がフレームとなって存在している。浅香さんはキャラクターの関係性や心象表現でフレームを使うことが多い気がする。
テキトウに並べたけど、蛍光色が目立つなあ。

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文字演出という点で、『ちはやふる2』OP。文字や文章(というよりも短歌)が話の根幹でもあるこの作品では、登場キャラクターのまわりに百人一首が存在しているようにOPで演出されている。

 上で少し触れたフレーム演出という点も浅香さんの特徴。
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これも『ちはやふる2』OP。独立した3つのフレームがちはやによって一つになる。バラバラだった存在をカルタが結びつけた、という点でカルタがフレームとして機能しているというアイデアも面白い。

んでなにより浅香さんのフレームといえば空。
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『DNA』OP。上のインタビューではりんたろうさんが添削して~ってな話があるけれど、このサビの部分の青空とフレームは浅香さんのアイデアなんじゃないかなあなんて。これも歌詞とシンクロした画面になってて、青空の中に小さなフレームができて、そこはかとなく狭小な世界を感じさせる。この空の青色が良いんですよねえ。普通こんなド直球に群青にしないと思うんですけど、別な世界の空って感じがして、とても好き。ぶっちゃけ今回これが言えれば満足。
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『ローゼンメイデン』OP。引きこもりの主人公が見る部屋からの狭い空…というよりもそれに対する部屋の黒が際立っているような画面。


 空に関連して。

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『カードキャプターさくら』OP1。この漫画チックな雲と群青(…とは違うか?)な空の色がとても好き。「会いたいけど言えない切ないこの気持ち」なさくらの空の色と雲。切ないながらシンプルな感情にシンプルな空。
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『カードキャプターさくら』OP3。画面下は少し薄い色の空。でも雲も無くシンプル。なにかを望む、求めるような歌詞の時に空のカットが多い気がする。


 上で触れたもののほとんどにアイデアとアイデアのリンクが見られてて、「本編に入っていく」自然な流れを生み出しているように感じる。「物」が「フレーム」を作り、「フレーム」は「空」に演出を加える…みたいな。書いていて思ったけど、自分が浅香さんのOPで一番好きな要素は「色」なんだろうな。独特なんだけどアイデアのリンクの中に色が存在するから、作品またはOPの中に溶け込んでいて、それでいて別の作品やOPでは味わえない画面を見ることが出来る。そんな画作りが良いなあって思ったのかもしれない。


 最後に
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 『カードキャプターさくら』OP3、めちゃくちゃ大好きです。タイトル出るところのシンプルなシルエットとピン送り、サビ前の音楽とのシンクロ、最高です。涙が出そうになるくらい。



2016-09-18(Sun)

『聲の形』について。

 どうも。頻繁に更新しすぎて特に冒頭で書くことがない(そんな頻繁でもない)。
 『聲の形』を見ました。とても良かったので感想です。ネタバレありです…つかこの作品のネタバレってなんだろな。

 自分は自己否定の結果、自分を肯定できるようになる作品がすごく好きなんだけど、聲の形はそうではなくて、自分のことは好きになれないけど、自分のことが好きじゃない者同士が寄り添って歩いていけば、自分のことが嫌いなだけの世界ではなくなっていくのかもしれない…みたいな作品で、その終わり方がすごく愛おしい。
 一度自分が嫌いなことが頂点に達して死を望んでも、嫌いな自分を好きで居てくれる人も居る。それに気づいて将也も硝子も死を望むことはなくなった。でも自分が嫌いな自分は残るし、自分の嫌いな誰かもいる(劇中では硝子と直花の関係)。それをすぐに改めることなんかできないし、相手が自分の仕草や発言を好きになるわけでもない。でも『聲の形』のメンツは将也に嫌いな自分を言い当てられて、嫌いな自分として他のメンツと対峙しなければいけなくなった。だからこそ各キャラクターが別のキャラクターに踏み込んでいけるし、直接的にバカって言えるようになった。この状況は決して自己否定からの脱却じゃなくて、嫌いな自分を内包した状態で寄り添っていける関係が生まれたってことなんだろうな。この先も嫌いな自分に絶望してしまうかもしれない。だから「生きるのを手伝って欲しい」と将也は願ったのかな。
 その寄り添える関係は将也が生み出した「小学生時代の同級生との再会」という波紋と「将也から発せられた嫌いな自分を見透かす言葉(声って言うべき?)」という波紋が広がって混ざり合って出来たものであって、波紋は人の輪となって広がっていく。自己否定を克服するのではなく、嫌な自分ひっくるめて伝播させていく。そうすることで将也は自分への「☓」も、他人の表情に対する「☓」も自然と剥がしたのかも。きっと将也が(直花に「☓」を付け直したように)また他人の表情に「☓」をつけることがあっても、硝子と一緒に「☓」を剥がしていくに違いない。
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 …というカラッとした感想にならないのは、終盤で永束くんの表情を再び見ることができるようになったあと、主観視点で視線を落とす将也のカットを入れたからなんです。波紋が広がるように、少しずつ、嫌いな自分に向き合いながら話す仲間の輪を見て、「☓」が取れていく。一筋縄では剥がれない「☓」が嫌いな自分とのつきあい方と被る。だからこそ各々の嫌いな自分とのつきあい方やそれと向きあおうとする姿勢に感動した。


 その他ぐっと来たとこについて。
 将也の自信のない感じはもう見れば見るほど魅力的だった。猫背…というよりも前を見ることが出来なくて、「下を向いていたほうが楽」な立ち方。硝子との身長差もある分強調されていて、頼りなさが上手にデザインされていました。硝子と初めて二人で電車に乗った時、硝子に目を見られてとっさに目をそらし腕を組む仕草であるとか、困ったときや慌てた時に手を動かす仕草…オーバーなりアクションでブラーとか使っても良いんだろうけど、すごく狭い範囲でちょこまか動くんですよね。その芝居が実直に表現をしようとしていて良かった。
 逆にギャグの表情もまた良かった。永束は特に四角目ギャグ顔多用してましたけど、その四角い目のまま目線や線の太さが変わるのがめちゃめちゃ面白かったです。取り繕い、黄昏、指摘…とかなんかいろいろな意味を含んでやってましたね。すごい。
 初めて将也と対面した硝子の表情がすごく良かった。困った顔から少し眉を吊らせて頬をちょっと膨らませる顔…からの再会を喜ぼうとする崩した顔に移る…かと思ったら顔を背け逃走。どんな顔してあったら良いかわからなかったんだ…ってのを表情だけでわからせるって相当すごいと思うんだけど、うまく言葉に出来ない。あそこで将也に「どんな顔して会えばいいかわからなかったのかなー」的な一言挟んでも良いのかもしれんけど、人の表情から目をそらしてきた将也はそれ言えんよなあ…と思ったり。
 将也が硝子の「すき」を「つき」と聞き間違えたのって原作からあるのかな。月が綺麗ですね的なミーニング入ってる感じが山田尚子さんっぽいとか思った。
 将也が学園祭で下を向いてしまって、硝子が下を向いたままで良いっていうところ、劇中で一番良いなあと思った。自己否定の容認っぽくて、それがなんだか悲しさを感じるけど、それを包んでくれる優しさはあるという。硝子らしい返事。全然関係ないけどここで「上を向いて歩こう」が脳内でかかった。
 
 
 ここからはマイナスな感想。
 細かいことだけど観覧車に乗った硝子の手の芝居は記号的だった気がする。カメラ越しに硝子の手の内側を映しているカットで、肩から震えるような形で直花からの言葉で手がカタカタ震えてる。それが単純な上下にカタカタと震わせるだけってのはもったいないなあと。手を内側から見据えるカットなんて通常じゃありえない分、直花からの言葉に合わせて表現をして欲しかったなあ、なんて。
 あとは将也が病院へ運ばれた後意識を取り戻して硝子の元へ向かうところのBGMいらないなあって思った。二人の再会を盛り上げる意図かもしれないけど、あそこの二人は自分自身や周りの人の感情でグチャグチャになって、心も体もボロボロになってしまっていて、その二人がボロボロのまま会うってのに盛り上げてどうするんだと思ってしまったのです。あんまりメソメソしたものにしたくなかったのかな。「生きるのを手伝って欲しい」ってすごく情けない言葉じゃないですか。でも自己否定の先を見てきた二人だからこそ変な意味にならなくて心の底から思った言葉だと感じるんですけど、そこに盛り上がりよりも真っ裸の二人を見せて欲しかったなあ…と。


 以上。いつも以上にふわっとした感想で笑う。感想書きたかったんだからしょうがない。劇場に行く人少なくなったらまた見に行きたい。
 以下余談。





 もうほんと余談なんですけど、車買いました。消費でストレスを発散した行く末がこうです。も、もうおっきい買い物はしないぞ…。
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ロードスターです。可愛いです。
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広角で歪ませると最高に可愛くなる。
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青空が映える。

以上です。ただ自慢したかっただけです。写真は勉強中です。大目に見てください。
最近はふらふらしてるのでウヒッっていう写真が取れたら上げていきます。


2016-08-30(Tue)

『君の名は。』について。

 『君の名は。』見てきました。もう、なんか良いな!って思ったので忘れないうちに感想を書いておこうと思います。忘れたくなかった感想…忘れちゃダメな感想…!
 ネタバレ有りです。読みにくいです。2回目見たので少し加筆。


 新海さんの作品は出会いを重要視していると思ってるんですけど、『君の名は。』は単純に瀧と三葉の出会い、というわけでなく、瀧と三葉を取り巻くキャラクター、果ては祖先までが瀧と三葉の運命を紡ぐ作品になっていました。『言の葉の庭』の次作という視点で言うなれば、孤独からの脱却であった『言の葉の庭』から、連帯する人の存在を生み出した『君の名は。』…となるのかなと。それを象徴するのが三葉の祖母・一葉の「よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って途切れ、またつながり。それが組紐。それが時間。それがムスビ」というセリフ。人との関わりが物語を作り上げ世界を作り上げる。今までの新海さんの作品と比べると、モノローグがかなり少ない理由も人との関わり(ムスビ)にスポットを当てているから、と。
 ただその分、BGやBGオンリーのカットのインパクトは薄れたような気もします。黄昏時がフィーチャーされていますが、キャラクターを中心としているようなBGの使われ方が多い。露骨に前に出ない分、キャラクターの生きる世界としてはすごく溶け込んでいたとは思うんですけどね。

 「よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って途切れ、またつながり。」これを現すかのような、キャラクター等を対照的に配置した画面作りがとても面白かったです。
 序盤の瀧と三葉は特に、進行方向に気を使っている気がしました。三葉は左へ、瀧は右へ。この時はまだ交わらない(物語的にはもう因果が発生してはいるんだけど)からこそなのかもしれないけども、同じ画面にいながらも二人がすれ違わない、そんな画面づくりでした。二人の向きとして一番グッと来たのは、二人が彗星を見上げる時。あおり気味で後ろを回りこむ画面なんですけど、右から左へ二人の表情を捉える画面は、まさしく2つの世界がシンクロした瞬間のようで、画面の美しさと共に涙が出そうになりました。遠くにいながらも同じ時間同じ空を見上げている。その瞬間は確かに瀧と三葉は気持ちを共有していて(瀧にとっては知らない少女である三葉だけれども)二人は同じ方向を見上げている。鳥肌が立ちました。

 月も特徴的な使われ方をされていました。月が明確にセリフとしてでてくるのは、月と地球の距離よりも彗星と地球が接近するというニュース番組での言葉。月・彗星・地球という関係性に限って見ては、月は瀧から見る糸守、三葉から見る東京を指します。その間を流れる彗星はまるで二人の間を決定的に割くように流れる。まあ単純に二人を割くために彗星は存在していないんですけど、月と彗星と地球がピックアップされるときはそんな立ち位置だったと思います。
 二人が相手の世界に行くことが出来ない瞬間には月が遠い場所、立ち入れない場所として出てきます。入れ替わりがなくなり、糸守の絵を書き続ける瀧のシーンでは金網の向こうに満月が見える。瀧の中で糸守の街は高山ラーメンのオジさんに認められるような糸守を描いていて、それは満月を見るようにくっきりと糸守を捉えている。でも目の前には金網があり、そこから先は進めない、というような関係性。金網は×の形をしていて、瀧と三葉のムスビが交わり、その後どんどんと離れていってしまっているかのよう。その後のクレーンにつけられた赤の点滅灯が月(この月は少し欠けている)に届かない位置で光っているのも、まるで瀧に届かない糸守と三葉みたいで、とても幻想的でした。そんでその後、飛騨に行く瀧のTシャツには半月が描かれているっていう。少しずつ三葉の記憶や距離感が遠くなっていくかのよう。
 手元にある『イメージシンボル辞典』で月を調べてみると、相反する価値を表しているそうですよ。これはまあ西洋的な考えで、的外れではないんだろうけど、なんか漠然としてますよね。『君の名は。』の作風を考えるとかぐや姫とのリンクを考えてしまうかな。月はかぐや姫(三葉)の故郷(糸守)で、彗星は地上に降りた月の使者。ラストカットの階段は三葉が階段から降りてくるわけですが、月から再度舞い降りてきたかぐや姫…なんて感じで。と考えるとかぐや姫の「今はとて天の羽衣着る折ぞ君を哀れと思ひ知りぬる 」という和歌は入れ替わりがなくなってその時の記憶が薄れていく二人と被ったりしませんか。三葉が神職の一族だからか、高いところから落ちるor降りてくる芝居も多い気がしますがどうでしょう。
他にも二人の世界の拡げ方として、襖や電車のドアを真横から写したカットが印象的だったり…。

 一番好きなシークエンスは三葉が瀧に会いに行くところ。作品内では瀧が先に三葉への好意を(ぼんやりとではあるけどミキに指摘されて)明らかにする。でも実際には3年前に三葉が瀧へ好きという感情を行動で明らかにしているってのがもどかしいというか、面白い構成。どちらも相手に対して好きだということを言葉にはしていないんだけど、行動で伝わってくる。いつ好きになったかということは漠然としているんだけど、二人が会いたいと思っているのは間違いなくて。その中で三葉が瀧に会いに行くところは、ここぞとばかりに三葉のモノローグを入れて、三葉の精一杯の心象を凄まじい甘酸っぱさで表現していました。瀧の目の前に立つ三葉、そわそわして、どう声をかけようかなと思慮する三葉、どれもこれもが愛おしい。三葉がホームから見上げた小さな空、カタワレ時の空がその小さな三葉の勇気や、不完全なカタワレ時を演出していて素敵でした。

 んでまあ、やっぱり『君の名は。』というタイトルですから、これを言うタイミングとかとても楽しみにしてたわけなんですが、とっても良かったですね。最後のカタワレ時にマジックで名前を書いておこうってとことか、三葉が転んで手を開くところとか、その度にここなの?ここで名前だしちゃうの?とそわそわしましたが、その結果の都度、心の中でガッツポーズしてましたね。最後の最後まで引っ張った「君の名前は」は、まさに忘れちゃいけない名前を尋ねるかのように苦しくて、心の奥深くに眠っていた言葉を呼び醒ますかのよう。その瞬間にたどり着くまでの切なさとかもどかしさがすべて吹き飛ぶかのような、それでいてしっとりとした言葉。涙が出ました。声を掛ける前の瀧くんの芝居作画も素晴らしい。表情は見せず、影と姿勢だけで瀧の決心を表現してる。言葉を発するまでの躊躇いや過去何度も経験したであろう錯誤の可能性…そういったものが俯いた瀧の影として画面に出てくる感じが、瀧の心の中にある執念にすら見える。ちなみに最後「君の名は」じゃねえのかよってのはまあ、今に生きる人達が使う言葉じゃないしという40点くらいの回答で。ここも今後熟慮する点ですね。
 逆に初めて二人が相手の名前を呼んだのは瀧がご神体へ行ってから。「よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って途切れ、またつながり。それが組紐。それが時間。それがムスビ」。この言葉を瀧が聞いて個々人のムスビを意識し始めたのだろうか。三葉の半分である口噛み酒を手元収めた瞬間に意識し始めたのだろうか。それまでは入れ替わりの相手に過ぎなかった「アイツ」を名前で呼び始めた心理をもっと知りたい。



 ここからはちょっとネガティブな部分。
 瀧と三葉の父母についてはもっといろんなものを見てみたかったかなあと。三葉の母・二葉と三葉の間には過去どんなやり取りがあったのかな、とか。入れ替わりについて仄めかしたり、柔らかな時間があったのかな、とか。入れ替わりは宮水家が糸守を守るための手段であり、それを宮水家の女子は引き継いできた。三葉の母・二葉と父・トシキの関係については映画の描写だけで十分だと思うんですよ。「私は宮水ではなく二葉を愛していた」というセリフは、怖い顔しか見せていない劇中のトシキからはあまりにもダイレクトロマンチックなセリフだし。ほいでトシキは多分二葉とは入れ替わってないんでしょうね。入れ替わっているとするならば宮水一族について「妄言は血筋からなのか」みたいな断定はしないだろうなあと。愛する二葉の言葉をそんなバッサリと否定出来ないと思う。ただ二葉から話は聞いている若しくは入れ替わりを目の当たりにしているから「お前は誰だ」と瀧が入った三葉に言うし、その後三葉となった三葉の言葉を信じることが出来る。説明は不足してないと思うんですよね。…と何故かフォローに回ってしまったけど、もっと宮水一族の過去を覗いてみたいとは思った。必要であるかと言われるかと微妙なんですけど、そういう場面が見たかったんだからしょうがない。

 あとOPを入れた理由がわからん。『君の名は。』という作品のスタート地点があるとしても、この作品内の世界は過去から紡がれてきた歴史があって、そこから地続きになって彗星落下からの被害を防いだわけじゃないですか。二人の出会いには今までムスばれてきた経緯がある。それを作品の途中でOPという、いわば隔離された時間を作るのは、そこで作品内の世界を一度切ってしまうことにはならないか。「よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って途切れ、またつながり。それが組紐。それが時間。それがムスビ」なんだけども、それはあの世界で見せるべきものであって、製作側の意図で生まれるOPという時間は、『君の名は。』にはそぐわないと思う。視聴者としてはアバンである部分とOP後の部分、2つを意識することになる。OPでどんな作品であるか見せるよりもキャラクターが言葉を交わして、どんな世界に生きているのかを見せるほうが有効じゃないかと。そう思いました。




 「よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って途切れ、またつながり。それが組紐。それが時間。それがムスビ」。何度も引用してしまうけど、これが『君の名は。』には大事なセリフで、物語の根幹をなすセリフ。ムスビは途切れたりすることもあって、それは最後に再会した瀧と三葉の未来にもあること。『君の名は。』と言葉に句点を打ったそこは、作品としての終わり。でもその先に続く言葉は、間違いなく存在する。


2016-08-06(Sat)

シン・ゴジラについて。

 お久しぶりです。なんともう8月。いろいろブログに書きたかったこともあったけど、忙しさを理由にないがしろにしてしまった。最近感想残しておくことの大事さを身にしみて感じているので、もう、なんか良いな!って思ったらすぐどっかに書くようにしてる。

 シン・ゴジラを見てきました。庵野監督作品って嫌いではないんだけどのめり込んだこともなくって。そのうえゴジラってあんまり印象なくて。ハム太郎と同時上映した時、ハム太郎がゴジラに食べられてるキーホルダー貰ったなあとか、あれ生まれて初めて親同伴無しで映画館行ってわくわくしてたなあとか、そういう印象しかない。…割といい思い出だった。
 ちなみに一日に2回映画館で見ました。これも初めての体験だ…。お金がなかったのでATMを探し、お金おろして2回目見ましたが、良い判断だった。1回目は言葉の情報量に飲み込まれて画面に意識が行ってなかった。
 ということで前知識とかゼロですが、感じたことをそのまま。ネタバレあり。

 自分が良いなあと思ったのは大きく分けて以下2つ。

 ○各キャラクターの意思の表現と画面
 例えば序盤、官邸で会議開いたりなんだりしているところ。出席者は大勢いるのにほとんどが感情を出さず、淡々と具申したりペーパーを読み上げたり…テンポよくカット割ってるけど、芝居が飄々としている分、緊迫感は薄い。でもトンネル事故等の原因が巨大生物である可能性が高まると、芝居やFIXの画面が途端に強硬な表情を見せる。総理大臣から見た主観視点で、各省庁の大臣が意見を次々の述べるカットでは、各大臣が無表情で、まっすぐとカメラを見つめて意見を伝えてくるんだけど、淡々とした口ぶりでありながら情報量が多く、真意が読み取り辛い言葉であるから、その言葉の波に飲み込まれ、圧倒されてしまう。それは同じ目線から言葉を浴びせられている総理大臣も同様だろうし、緊迫した状況を客観視させない画面作りをしているなあと。
 ここの場面って大臣本人の意思表示という要素は少ないんだけど、発言にはその後ろに居る各省庁職員の思惑や策略が含まれていて、大臣は各省庁の集合体として存在しているかのような、ぼんやりとしているけど大きな意思表示になっている。それがまたどこまで大きなものであるか分かりにくく、掴みどころがなくて怖いっていう。しかもアップで大臣の顔は撮られているんだけど、後ろにピンぼけで秘書官?事務次官?が座っていると、まさに大臣の背後にある意思が見え隠れしているようで恐ろしい。だからこそ防衛大臣が自衛隊の攻撃が無為に終わってしまったことに対し感情を露骨に見せている場面が特徴や大臣の性格を前に押し出し、他の省庁とは違う印象を受けるのかもしれない。

 表情や顔を見せないことによって印象的になっていたところもあった。
 巨災対のメンツが思い思いの考えを話すカットは誰かの後頭部越しに、カメラ側に向かって意見をぶつけてくるカットが多い。聞いている相手の表情や感情を排除した、一方的な意思表示であることを強調してて、圧迫感ある画面でとても良かった。巨災対はチーム感が殆ど無くて、言葉で殴りあってるような気がして面白かった。みんな一方的に発言するんだけど知恵が集まって対応策の立案にたどり着くっていう。基本的に主張を訴える時って真正面から映す画面なんだけど巨災対のメンツは右を見たり左を見たり…比較的バラバラとしているように思えた。統一感のなさが伝わる良い画面作りだと思う。
 他にも代表者然としたキャラクターを少しでも減らそうとしている画面作りが良かった。米軍なんかはカヨコが米国代表みたいなポジションだったけど、米国の決断とか方向性をカヨコが決めた場面は無くって、カヨコからの働きかけの結果、顔の見えない米国高官が大統領に核使用について低減をする、みたいな間接的な活躍として見せようとしているのが印象的だった。意思決定を下す米国(その他の国も)の人間は最後まで出てこない。皆大きな「圧力」のなか自分の意思を示そうとしているから誰かが英雄になることも無い…みたいな。

 序盤はやっぱり登場人物も多くて、見始めたばかりの時間帯だから混乱することも多い。それが緊迫感だったり混乱した状況下、という印象を与えているのかもしれないけど、後半の整然とした画面作りも良かった。
 立川の本部屋上で矢口と赤坂が自身の主張をぶつけあうところ。今まで人が多く閉塞感を感じる画面が多かったのに対して、空と屋上のコンクリートが画面の殆どを占める。空の雲も印象的ではなくて、それが逆にシンプルな画面に見えてくる。カメラはフォローパンしてて、矢口はずっと画面右を向いて歩く。赤坂は途中から画面左を向いて意見を衝突させる。その後に後頭部越しのカメラがあって、一方的に言葉をぶつけあっているように感じる。画面右への方向性は世界の主流ではないものの、ゴジラをなんとかした後の、未来の東京を見据えたプラスの方向で、画面左は世界が考える方針、日本からするとマイナスな方針…東京壊滅・復興の遅れ已む無し(=赤坂の方針?)という立ち位置なのかな。その後も国連決議も出たんだ!って言う赤坂の場面とか、画面左へ歩いて行って振り返って話す(そのまま写すと右を向くことになる)ところで、あえてカット割って赤坂を真正面から映すカメラにして、右を向かせないようにしている。
 矢口はその後も基本的に右を向くんだけど、ゴジラを見据えるときは左を向くんだよね。それも画面の左側に写して。ここの意図はなんだろう…。
 ゴジラのカメラ内の進行方向はかなりバラバラだった気がするけど…あぁちゃんと意識して見てないな。法務大臣が「なんでこっちにくるんだ!」って言った辺りで少し意識し始めたけど…あぁもう一回見たい。


○登場キャラクターを英雄にしない演出
 ゴジラが来たから倒す。シンプルだからこそこの「倒す」役割を誰にするかによって、それが英雄然としてしまわないか、正直心配だったけど上手く避けていたように感じる。
 矢口が中心人物だから祭り上げられてしまいそうなんだけど、そこをラスト…普通であれば歓喜の瞬間が訪れるところを安堵やこれからの復興を視野に入れ始めた…みたいな反応で、矢口の感情をおおっぴらにしないことで英雄的な印象も和らいでるし、なにより矢口が対応策に気づいたわけでなく、ただ決裁を下すポジションであったという風に序盤から下積みを重ねてきたから嫌味っぽくもない。そしてゴジラに近づいて、実際に冷却剤を注いだのが名も無き部隊員っていうのも良い。冷却剤の投入方法もすごく地味だし。
 そいで一番痺れたのは、ド派手にゴジラにぶつかっていくのが近代日本を象徴し、日常的に日本人が使っている新幹線や電車、オフィス(ビル)ってのが、最高にかっこいいじゃないですか。今まで蓄積してきた日本の叡智たる無機物な機械達が、日本の背景を背負ってゴジラにぶつかっていく。宇宙大戦争をバックに。序盤でゴジラに蹂躙されて吹っ飛んでいった北品川駅の車両や簡単に押し倒され、真っ二つになっていたビル群がまるで反撃するかのようにゴジラに襲いかかっていく。ここだけ異様に復讐劇っぽくて、人間的ってのがもうたまらなく好きです。
 登場キャラクターを英雄にしてゴジラに挑ませるのではなく、たくさんの人達が作り上げ、改良されてきた機械を使ってゴジラに一矢報いる。かっこいいですなあ。


 以上。支離滅裂に長々と感想書いたけど、新幹線とか横並びする在来線とかキビキビ動く戦車とかでうわーすげーかっけー!ってなれて、そういう自分がいることを確認できたことが一番印象的だったりします。このワクワクとドキドキな体験があるからいっぱいアニメも映画も見たいと思えるのよね。
 ブログ…もっと更新したいなあ…


2016-05-05(Thu)

最近見たアニメについて。

 お久しぶりです。ゴールデンウィークです。
 最近は金は有るけど時間は無い、が加速しております。なのでアホみたいなお金の使い方をして、休みの日はアホみたいにアニメや映画を見ています。そいでゴールデンウィークなので後者の部分がより一層拍車をかけております。現在進行形でムック本とかアニメ関係資料を買い漁っていますがパソコン脇にどんどんと積まれて行ってる状況なのでこれもどうにかしたい。
 いろいろともう少しメリハリ欲しい。健康に生きたい。


 今回は最近いろいろ見たアニメの中から面白いなーと思ったカットとか、キラリとアイデアが光るカットをいくつか抜き出してみました。



○『NHKにようこそ!』1話、2話 絵コンテ…山本裕介

 ちょっと気になることがあって『NHKにようこそ!』見直してたんですけど、佐藤くんがハッとなにか思いついて

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(両方共1話)
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(2話)
エロい発想に至るまで4カットっていうスピード感がとても煩悩溢れてる感じがして良いなあと思いました。ハッとしたカットから次のカットでエロいところにたどり着かないところがまた良いというか、佐藤くんの中でエロいシチュエーション作りをしたうえで煩悩繰り出してる感じが良い。
 『NHKにようこそ!』の1,2話はほとんど部屋の中なのに、佐藤くんの思考回路を色んなところにカメラ置いて紐解く(?)感じがとてもおもしろい。その中でも煩悩パートはカット割りで共感を生み出している気がする。


○『ギャラクシーエンジェル』7話 絵コンテ…山口頼房

 ジェットコースターに乗ってるミルフィーユの主観視点。下のカットを3回パンしてジェットコースターの360度回転を3回した、というのを表現した回。
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 なるほど…となった。アイデアがキラリと光っております。


『ギャラクシーエンジェル』15話 絵コンテ…荒木哲郎

 『ギャラクシーエンジェル』での荒木さん初コンテ。8話まではそこまであっと驚く感じではないんですけど、9話の柳沢さんコンテ回から異様な空気のアニメに。
 この回はなんと言っても急に始まる背動。ミルフィーユをカメラが回りこみ、背動のまま走りだすという狂気。
bandicam 2016-05-05 18-00-14-839 
 後ろの壁(?)は一体何なんだろうか…今気づいたけど手がめちゃめちゃ可愛い。


○『GUNSLINGER GIRL』11話 絵コンテ…駒井一也

 フラテッロを撃って自殺したエルザの心境を半ば脅しのようにジョゼに伝えるヘンリエッタ。自身も自殺を試みようとするが如く、銃口を自身の目に向けたヘンリエッタに対しジョゼが慌てて止めた結果!…なカット。
bandicam 2016-05-05 13-46-31-069 
 俯瞰のカットをじわTB見せて状況を徐々に明らかにするとともに、ジョゼとヘンリエッタの下の、石畳の模様が印象的です。
 義体であるヘンリエッタは「条件付け」でジョゼに縛られている…という風に見える立ち位置と石畳の模様だけども、ヘンリエッタのセリフを聞くと逆の立場に見えてくるという面白さ。


○『ぼのぼの』11話 絵コンテ…大畑清隆

 作wikiの大畑さんのページに「同じシーケンスを繰り返す巧さが特徴の一つか?」って書いてあるけど、まさしくこの話数はそれが見られる回なんじゃないかと。
 大ねえちゃんが怒るカットは似たような画面構成で何回もTUで見せるんだけど、印象がどれも違くて、中でも下のカットは影の中からドドっとでてくるからすごい面白い。
bandicam 2016-05-05 13-40-58-261
 イメージBGの使用回数も多くて、カット毎の印象がどれも強い。バンクの使い方もとても上手な回。


○『ふらいんぐうぃっち』4話 絵コンテ…倉川英揚

bandicam 2016-05-05 13-41-57-938 
水と桜で始まり
bandicam 2016-05-05 13-43-15-994 
水と桜で終わる一話。
 2つとも「水と桜」でありながら印象が違うように、犬養の印象も一話の中でガラッと変わる。獣人になってしまってワーワー騒いでる姿が最初の印象だけども、最後は大人のお姉さんとしての印象が残る。
 最初のカットの桜は、水面に映る桜は確認できるけど実物の桜はカメラ内に写っていない。正体が謎のまま登場した犬養のような感じ。ラストカットの落ち着きを感じさせる夜桜は上述の通り。
 出会いと(いろんな意味での)変化がテーマな一話にふさわしい桜、って感じですね。


○『ジョーカー・ゲーム』5話 絵コンテ…黄瀬和哉

 このカットはコンテってか、作画監督・黄瀬和哉さんって意味でのピックアップに近い。
 尋問で黙秘を続けていた伊沢が自白剤を使われ、スパイであることをバラしてしまい、物語が次のステップに進む…その始まりのカットとも言えるのが下のカット。bandicam 2016-05-05 15-16-11-836
 俯くと上半身の服は段状の皺を作るんだけど、それって多少上を向いても皺はそのまま残ってたりする…それをきちんと表現してる。尋問されてる間、俯き続けていた経過を強調するって点でも演出上の意味がある気がする皺かなと。光源に対して目の周りが影になっているのは目の掘り深さでなくて伊沢の心象の表現なんだろうなあ。
 いろいろな事が感じ取れてとても面白いカットであることは間違いない。



 こんな感じ。
 ギャラクシーエンジェルは前にMXで傑作選をちょろっと見た程度で、最近見始めました。めたくそ面白いです。沢城ミントがヤバイ。見終わったらアニスタの特集ページを読むのが楽しみ。
 今期のアニメだけでなく、前見たアニメとかをまた見返したりするのが最近のマイブームではある。近々見たこと無いアニメをいろいろ見るに移行する予定。


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Author:ざっかん
アニメ『グランブルーファンタジー』に斉藤良成さんがメインアニメーターとして関わるようですよ。絶賛応援。

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